top of page

綺麗になりたい!

 

 

 

 

それはいつだって、女の子の夢。

 

 

​​

 

「あら、エドワード君」

「中尉!」

ホークアイは、町ゆく人々の中でひと際目を引く女の子を見つけた。

少し前まで鋼の手足で、弟と共に様々な土地を駆けまわっていたエドワードだ。

エドワードは、はにかむような笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってきた。

手には、パンや野菜が詰め込まれた袋を抱えている。

袋自体はそこまで大きくないが、エドワードの小柄な体型故に大きく感じてしまう。

そんな少女が一生懸命袋を抱きかかえて走ってくる様子は、可愛らしいの一言につきる。

生身に戻ってから履き始めたレースをあしらったスカートが、朝の陽ざしを浴びキラキラと眩しい。

ホークアイは愛しさを込めて、休日といえども固くなっていた肩を、穏やかに和ませた。

主人のそんな変化を感じ取ってか、リードでつないだ犬がわんと吠えた。

「おはよう、朝からお買い物?」

「おう!ハヤテ号も、おはよ」

「大佐は?」

「まだ、寝てる」

「あら」

そうなの、と含んでほほ笑めば、何を察したのか、幼い少女はぱっと顔を赤らめた。

 

「アイツ、朝めちゃくちゃ弱くてさぁ!」

「はいはい、わかったわ」

照れ隠しのように声を大にするエドワードに、喉を震わせる。

体を取り戻したエドワードが、ホークアイの上官と同棲し始めたのはつい最近だ。

付き合っている、ということを知らなかったマスタング組の面々は大口を開けて驚いていたが、ホークアイは二人の関係をなんとなく察していたので特別驚くことはなかった。

一癖も二癖もありサボり癖が治らないダメダメな上官だが、唯一の人としてこの子を選んだことだけはよくやったと褒めてやりたい。ただ、仕事中に惚気を聞かされるのはどうかと思うが。

部下の士気的な問題で。いいなオレも可愛い彼女欲しい~~とだれだれと机に寄りかかって泣きだす長身の部下には、あまりいい影響を与えてない気がする。

 

「エドワード君、お化粧、似合ってるわね」

「え!?あ……ありが、と」

急な褒め言葉に、エドワードは目に見えて狼狽した。

言われ慣れてない言葉なのか、顔を赤らめてもじもじとスカートの裾を弄る。

今のエドワードは、年頃の娘らしくほんのりと化粧を施していた。ピンク色のアイシャドウに、うっすらとひかれたアイライン、整えられた眉。ピンク色の頬紅に白い肌が映える。

流れる髪は手入れもしっかりと行き届いているのか、絹のようにサラサラだ。

旅の頃はかさかさに荒れていたという唇も、今はたっぷりに潤っている。

もともと素質は十二分にある子だったが、化粧一つでこうまで変わるとは驚きだ。

もう誰も、エドワードを男だとは間違えないだろう。

そういえば、この少女の恋人である上司も最初は男だと本気で思っていたっけ。

エドワードから香るほんのりと甘い香りに、ホークアイは目を細めた。

「いや、ほら、アイツっていつも女はべらせてたというかさ」

「……否定できないのが口惜しいわね」

苦々しく、上司の過去の愚かさを噛みしめる。エドワードは口をあけて笑った。

一時期は過去の上司の女関係で何やら揉めたようだが、上司は今ではすっかりエドワード一筋だ。

いや、元から一筋だったが、上官や年上という体もあって気軽に手だしできなかった、ともいうべきだろうが。

「だからさ、やっぱそういう恰好もって……思って」

にひひ、と頭を掻く姿。見た目は変わっても、エドワードの中身はエドワードのままだ。

 

「ちょっとは女らしくさ、綺麗になりたくて。嫌われたくないし」

「なに言ってるの、エドワード君は、そのままでもステキよ。それに、あの人がエドワード君を嫌うなんてありえないわ。もちろん、その逆はあるかもしれないけど」

 

え?ととんがった唇に、ちょん、と指添える。

 

「大佐の傍が嫌になったら、いつでも私のところに来てね。歓迎するわ」

冗談とも本気ともつかぬ声色だが、もちろん本気だ。

あの上官がエドワードを傷つけるようなことがあれば、ホークアイは躊躇なく銃を抜く。

試しに銃のセーフティを外す動作をして見せれば、エドワードは目をまんまるくさせて笑った。

「ははっありがと!じゃ、そん時はよろしく」

 

柔らかな覚悟。どうやら姉心が通じたらしい。

そろそろ帰るね、と袋を抱え込みながら一生懸命に手を振る少女に手を振り返す。

ひょこひょこと小走りに歩きだす少女のスカートを眺め、ホークアイは目を細めた。

 

 

小さな背に、ふわりと幸せの羽が見える。

エドワードの幸せを想って、ホークアイも踵を返した。

 

 

 

 

 

「あら、エドワード君、また会ったわね」

「中尉!」

エドワードと朝の邂逅を果たしてから数日後の休日、ホークアイは、町ゆく人々の中でエドワードを見つけた。

エドワードは前と同じく、はにかむような笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってきた。

手には、やはりパンや野菜が詰め込まれた袋を抱えている。どうやら、この時間帯は彼女の朝の買い物の時間らしい。

「おはよう、今日もお買い物?」

「うん!」

「大佐は?」

「はは、まだ寝てるって」

「またぁ?」

「朝は、本当に起きないんだって」

呆れたように肩を竦めれば、エドワードはくすくすと身をかがませて笑った。

犬と目を合わせ、なー?と小首を傾げる。

恋人が家にいるからといって、毎朝毎朝緩みすぎではないのだろうか。

こんな可愛い子を朝一人で買い物に行かせて何をやっているんだあのダメ上司は……とブツブツよくない思考が溢れてくる。

いい顔をしないホークアイを察してか、エドワードは慌てて手を振った。

「寝起きめちゃくちゃ悪いからさぁ、こうやって美味しいもん作ってご機嫌取り」

「面倒臭い男ね。犬の餌でもいいんじゃない?」

同調するように、ハヤテ号がきゅん、と吠えた。

「あはは、まあね、でもオレがしたくてしてるから。その変わり昼とか夜は作ってくれるし。でもアイツ料理下手でさあ、見かねていっつもオレが作っちまう」

満開の笑顔を見せるエドワードに、無理をしているようなところは何も見当たらない。

朝食を作り、同じベッドで寝ている恋人を起こしに行くエドワードを想像する。

まるで、絵にかいたような新婚だ。まあ、エドワードがよしとするならよしとしよう。

「あら?エドワード君、お化粧ちょっと変わったわね」

「え!?あ、やっぱりわかる?」

急な言葉に、エドワードは目に見えて狼狽した。スカートの裾をきゅっと握りしめる指先は細い。

今のエドワードは、前に見たピンク色のアイシャドウではなかった。青色系統だ。

それ以外はあまり変化は見られないが、どことなく頬紅も強い気がする。白い肌が際立つ。

唇の色も濃い。どうやら、口紅を塗っているらしい。赤いに近いピンク色。やはりとても似合っている。

以前よりも、少し大人な雰囲気だ。

「中尉にはバレちゃうんだ……すげえなあ、女の人って」

「何言ってるのよ」

「なんとなーくな、大佐の色に、合わせたくて……とか、はは」

自分で言った言葉に羞恥心が突破したのか、エドワードはわああ!と叫びながら首を振った。

金色の髪がふさりと広がり、耳から首まで赤くなっているのが見える。

恋する乙女の正直な反応に、ホークアイまで恥ずかしくなりそうだ。

しかしそこは大人の女性。わかるわ、とエドワードの頭を撫でながらほほ笑む。

「前より大人っぽくなってる。もちろん、似合ってるわ」

エドワードから香る甘い香りが、前よりも強い。

どこの香水だろうか、嗅いだことがあるようなないような不思議な匂いだ。ホークアイは目を細めた。

「綺麗になりたくて。大人の女性に。アイツの、傍にいられるように」

「エドワード君が何もしなくとも、あの人は貴女を手放さないわ」

「そ、そっかな?」

「ええ。仕事中も、惚気ばっかりで困ってるんだから。やれ私のエドワードは可愛いだとか愛しいだとか、全く仕事にならなくて大変よ」

ハボック少尉なんていつも泣いてるわ、とちらりと伺うような視線に大きく頷いて見せると、エドワードはぱあっと瞳を輝かせた。

 

「はは、中尉、ありがとう!」

そろそろ帰るね、起きた時にいないと怒るから。と袋を抱え込みながら一生懸命に手を振る少女に手を振り返す。

「ハボック少尉に、うちのバカがごめんって伝えといてー!」

「まかせて」

なんだか、これからもこの道で出会いそうだ。ひょこひょこと小走りに歩きだす少女のスカートを眺める。

あの笑顔が、これからもずっと続いていけばいい。

 

 

 

小さな背に、ふわりと幸せの羽が見える。

エドワードの幸せを願って、ホークアイも踵を返した。

 

 

 

「エドワード君」

「中尉、おはよう!」

これで、数度目かの邂逅になる。もはや、休日にこの時間帯にエドワードと出会うのは日課になっていた。

話す時間はわずかに過ぎないが、元気なエドワードを見ればホークアイも嬉しい気持ちになる。

はにかむような笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってきてくれるエドワード。

手には、やはりパンや野菜が詰め込まれた袋。もう見慣れた光景だ。

「おはよう、いい買い物はできた?」

「おうよ!」

「今日は何を作るのかしら」

「いつもと同じだって、あっでも新鮮なトマトが手に入ったから、今日はトマトスープでも作ってみるかな」

「エドワード君の作る料理なら絶対美味しいわ。で、大佐は」

「爆睡中!」

堂々と言い放つエドワードに、ホークアイは例の如く額に指をこつんとあてた。

「そんなに朝が弱いだなんて、知らなかったわ」

「はは」

「どこでも気を抜かない人だったから。エドワード君の前だと、全部見せちゃうのね」

嘘偽りのない、本音を言ったつもりだった。

だが、ホークアイからは一瞬、エドワードの笑みが陰ったように見えた。

「……エドワード君?」

「そっかな、そうだといいな。ありがとう中尉」

不思議そうな顔をしたホークアイを察してか、エドワードは慌てて笑みを取り繕った。ように見えた。

「何かあったの?大佐に何か言われた?」

ぴくりと、強張った肩を見逃さない。改めて、エドワードの顔を覗き込む。

いつしかピンクではなく赤くなったルージュを塗った唇を薄く開き、小さくため息を零している。

どことなく、無理をしているような雰囲気が伺える。

「……お化粧が、濃くなったことと何か関係があるのかしら?」

「え……」

その一言に、エドワードは目に見えて狼狽した。スカートの裾をきゅっと握りしめる指先。

細い細いと思っていたが、今日はいつもよりも、細い気がする。

 

少し前から、何かがズレ始めていると感じていた。日に日に、エドワードの化粧が、派手になっていったからだ。

まず、頬紅を塗る範囲が増えた。白い素肌は、極端な白さ。

今のエドワードは、前に見たピンク色のアイシャドウではなく、一貫して青系統のアイシャドウだ。

しかし、ホール全体に塗り込め、さらに他色を何重にも重ねているのか不思議な色をしていた。

ただ、そのような色味にして目を強調している女性は多くいる。それをエドワードがしてもなんら不思議はない。

年頃の娘だ、今の若者がするような化粧に目覚めたという線もある。もちろん、似合っていないわけではない。

ただ、エドワードは小柄なのだ。まだ少女の域を出ていない女の子。

その系統の化粧をするには少々大人び過ぎている気がする。まるで作り物のような顔だ。

それに、エドワードがそこまで化粧に拘る性格には、見えなかったのだ。

しかもそれが、すれ違う人も少ない早朝とくれば尚更だ。

 

お化粧変えたの?

出会うたびにそうホークアイが問えば、エドワードは決まって同じ言葉を返した。

 

綺麗になりたいから。

嫌われたくないから。

アイツの傍に、いたいから。

ずっとずっと、いたいから。

 

何が彼女を、そこまで追いつめているのだろうか。

追い詰められているように、少なくともホークアイは見えた。

化粧なんてしなくたって、エドワードは綺麗なのに。

 

 

「そ、そんなに濃いかな」

「似合ってるわ。でも、なんとなく。貴女らしくないような、気がして」

がばりと、エドワードが顔を上げた。金色の瞳は、どこか血走っているようにも見える。

「オレ、らしくないかな……?」

 

ホークアイは驚いた。

「綺麗じゃ、ない!?」

つんのめるようにして、エドワードが袖を握りしめてきたからだ。

袋に詰め込んでいた野菜が、地面にぼとりと落ちる。エドワードの指先は、小刻みに震えていた。

 

「エドワード君……?」

今にも泣き出しそうな表情だった。途方に暮れているような。耳から首までが真っ赤だ。

恋する乙女の反応ではない。頭に血が昇っているのだろう。

しかしそこは大人の女性。そっと、エドワードの肩を掴む。小さな肩だ。

一瞬、エドワードがさらに泣きそうな表情になった。目じりが、くしゃりと歪んでいる。

「エドワード君、どうしたの……?」

静かに屈みこみ、エドワードと目線を合わせる。近づいたからこそ気づいたことがある。

エドワードから香る甘い香りが、とてもとても、強いことに。

こんなものをふんだんにつけなくたって、エドワードの香りは、よい香りなのに。

「綺麗に、なりたくてオレ。アイツに嫌われないように、傍に、いられるように」

「エドワード君がお化粧しなくたって、あの人はエドワード君が大事よ」

「……」

下を向いてしまったエドワードに、話しかける。

「本当よ。この間ね、エドワード君の化粧が様になってますます綺麗になってきた、私の愛故だなって、得意げに話すものだから、じゃあ化粧をしていないエドワード君はどうなんですかって聞いたの。そうしたら」

「そし、たら?」

ちらりと、窺うような視線。

「何よりも、愛しいよ、って」

エドワードの視線が、再び陰った。

「化粧とか関係なく、あの人は貴女が……」

最後まで言うことはできなかった。エドワードが笑ったからだ。

力の抜けた風船のように、とても、疲れているような笑みだった。

「うん、うん……ありがとう、中尉」

オレ、行くね。と袋を抱え込みながらエドワードはひょこひょこと歩き出した。少女のスカートが揺れる。

「エ……」

手を伸ばす。脚を踏み出す。が、ぐしゃりと妙な音がして目線を下げる。

エドワードが落としたトマトを踏みつけていた。ヒールの先で潰されたトマトは、無残にも石畳の上で赤い汁を広げていった。

汁のいく着く先に、一つの化粧品が落ちていた。まだ開封されていない、ファンデーションだった。

なんともない光景だが、何故か声を失ってしまった。再び顔を上げれば、エドワードの背はもう遠かった。

 

 

今まで、あの小さな背には、ふわりと幸せの羽が見えていた。

今は、赤く黒ずんでいるように見える。

エドワードの寂しそうな表情を思い出しながら、ホークアイは地面に落ちたファンデーションを拾った。

先ほど、買いに行ってきたものだろうか。開いてる店も少ないだろうに。

なぜだか、追いかけては、いけないような気がした。

 

「ダメよ、ハヤテ号」

トマトの残骸にかじりつきそうになった犬を一撫でし、ホークアイは後ろ髪を引かれる想いで、踵を返した。

 

 

エドワードの恋人である上司との関係がうまくいっていないのか。

それとなく本人に探りを入れようとしたが、何故かこんな時に限って老害の来客、書類の嵐。

個人的な話をする暇もなく、数日が立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

休日前の夕方。エドワードと上官が並んで歩いているのを見かけた。

エドワードと久しぶりの外食だと、うきうきといった様子で仕事を早く切り上げた上官。

ここ連日、仕事で忙殺されていたため、殊更楽しそうに見えた。

どうやらそれは、本当だったらしい。

エドワードは、幸せそうに微笑み、隣に並ぶ男に身体を寄せていた。

時々大口を開けて笑っている。普段通りのエドワードだ。

上官も、エドワードの体を引き寄せていた。手も、繋いでいた。どこからどうみても、想い合っている恋人同士だ。

 

何かがあって拗れたが、解決したのだろうか。

心配は、取り越し苦労だったようだと、ホークアイは二人に声をかけずに、踵を返した。

 

 

そして、次の日の朝。休日の朝、エドワードと出会う朝。

いつもの通りで、エドワードを見かけることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸騒ぎがする。

何かはわからない。見当もつかない。

今日、たまたまエドワードと会わなかっただけだ。それだけなのに。

どうしてか、鼓動が早まる。何か重要なものを、見落としているような。

エドワードは、大佐の傍にいられて幸せそうだ。

エドワードの様子に一度は疑ったが、エドワード一筋の上官に、浮気などできるはずもない。

ではなんだ、この焦燥感は。

一体、なんだというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホークアイは一旦自宅へ帰り、犬を置き、自宅用に所持している銃を手に取った。

そして、上官の自宅へ向かった。

電話をすればいい。だが、それはなぜか憚られた。

ホークアイの勘が、連絡も入れず早くあの家に行けと、訴えるのだ。

 

 

バカ正直に、玄関から入るわけにはいかない。

軍人の勘を頼りに、気配を消し、家の周囲を歩く。

上官の自宅の、窓が空いているのが見えた。

 

 

 

もし何もなければ、謝ればいい。

そう覚悟して、ホークアイは郊外の家に足を踏み入れた。

人の気配がない。しんとした廊下を、歩く。

すると、僅かに開いている部屋の扉があった。二階の一室だ。

そこから聞こえてくるのは、泣き声。

 

 

 

エドワードの嗚咽。

 

 

 

迷っている暇はなかった。すぐさま、部屋に飛び込む。

まず最初に目に入ったのは、惨状だった。

 

どうやらここは、寝室のようだ。

ベッドがある。大きなベッドが。そして、そこに散らばった羽。

 

「……エドワード君」

へたりと座り込む少女に近寄る。割れた鏡の前に座っている少女。

 

「どうしよ……中尉……」

ふいに現れたホークアイに、エドワードは驚かなかった。

それどころか、ホークアイを見ることもせずに、一心不乱に手を動かし、鏡を見つめている。

「化粧しても、しても……消せないんだ……」

「エドワード君」

「もっと、もっと、綺麗に、ならなきゃ」

「エドワード君」

「きれいに、綺麗にならなきゃ、大佐に、嫌われる……」

下地クリーム、ファンデーション、頬紅、アイシャドウ、コンシーラー。

ありとあらゆる化粧道具が、エドワードが座る場所に散乱している。

今、エドワードが塗っているのはファンデーションだ。

伸ばしては、顔を歪ませ、また塗る。それを、何度も何度も繰り返している。

それでは効果がないとわかると、コンシーラーに手を出す。しかし、肌は白くならない。

「なんで、なんで……綺麗に、綺麗にならないよぉ……」

どうしても、浮く。当たり前だ。エドワードの涙が、床に落ちた。

​「綺麗に、なりたい……ッ」

 

ホークアイは茫然と、その光景を見ていた。

そして、震える唇で呟いた。

「……なんてこと」

扉を後ろ手で閉める。無意識だった。

「なんてこと、なの……」

 

おかしいところは多々あった。

朝にしか、エドワードを見かけないこと。それも、上官が眠ってる間だという。

話す時間も、極端に短い。何かに急かされるように、エドワードは自宅へ帰っていった。

その時間帯しか、外に出る機会がないとでもいうように。

ひょこひょこと、走り歩いたりしていた。

スカートの裾を握りしめていたのは、エドワードの生白い足の太もも付近に走った、赤黒い痣を隠すためか。

青色系統のアイシャドウに変えたのは、青く腫れた瞼を隠すためか。

頬紅が強くなったのは、赤黒く変色した頬を隠すためか。

ルージュが真っ赤なものに変わったのも、切れた唇を、隠すためか。

 

必ず、ホークアイを探し出し挨拶していくのは。

助けてほしいという、エドワードの叫びだったのか。

 

「どうしよう、どうしよう綺麗にしなきゃ、バレたら……いっしょに、いられない……っ」

ベッドの周りや床に散った、羽。切り裂かれた枕や布団。白いシーツや床に、僅かに飛び散る血痕。

ホークアイは膝の力を失い、しゃがみこんだ。そしてエドワードを静かに抱きしめた。

エドワードの手にそっと手を添える。ひくりと震える手は小さい。前よりも、確実に細くなった。

エドワードは、初めてホークアイの存在に気が付いたかのように、腫れあがりうまく上がらぬ瞼を見開いた。

充血した金色が、みるみるうちに膨れ上がり、ぼたぼたと零れ落ちた。共に、鼻から溢れた真っ赤な体液も。

ホークアイの胸にしがみつき、大きな声を上げて泣き出したエドワードは、ただの小さな女の子だった。

鼻を付く、鉄の臭い。床に倒れ染み出した香水瓶と相まって、それは深い匂いだった。

嗅いだことがあるなんて、当たり前だ。

軍人であれば常に身にまとう血の臭い。隠していたのか、これで。いつも。

 

「エドワード君、大佐はどこ」

 

静かな問いに、エドワードはさらに体を縮こませ、首を振った。

金色の髪が一房零れ落ち、赤らんだ首が覗く。

手の形の痣。絞められた痕。

ずり落ちた服から覗く、腫れた肩。

痛々しい姿、破かれた下着の腿の間から流れる、血。どれほどの時間、こんな。

もう一度問う。大佐は、どこと。

大きな嗚咽に合わせ、薬を、買いに、いってる。つっかえながらも答えたエドワードの頭を撫でる。

体が熱い。熱も出ているのか。

こんな状態でも化粧をしようと思ったのは何故だろうか。

わからない、わからないが。

ホークアイがするべきことは、ただ一つだ。

 

ほどなくして、ゆっくりと、玄関の扉が開かれる音が聞こえてきた。

階段を軋ませ、上がってくる靴音。こつこつと、廊下を響かせる冷たい音。

見知った上官の、革靴の音色がやけにのろく聞こえるのは気のせいだろうか、扉の前で止まる。

一呼吸の間ををおいて、きいと、扉が開いた。

小さな背にふわりと生えていた幸せの羽は、ベッドや床の上に赤く散っている。

リザ・ホークアイは全身全霊の怒りを持って、腰に装備していたそれを抜き、見知った男に向かって突き付けた。

 

銃口越しに見た大佐は、予想外の光景に一瞬目を見張らせた。上官が手にした袋が、かさりと揺れる。

 

鋭い眼差しと、今にも火を噴きそうな小さな穴に、大佐はバツの悪そうな顔で視線を泳がせ。

 

 

 

苦渋を飲み込むようにゆっくりと、乾いた唇を噛みしめ、こちらに向き直った。

「どういうことか、説明して頂けますか」

​​

bottom of page