愛
し
て
マ
ン
マ。
報告書を提出するために来ていた東方司令部。廊下を歩いていたエドワードは、急に伸びてきた大きな腕に引きずりこまれた。あまり入ったことのない小さな部屋の中で、わけもわからず目を白黒するしかないエドワードに対して、引きずりこんだ張本人はいきなり、『抵抗しなければ、優しくしてあげよう』と残酷な言葉を口にした。
圧倒的な力の差に、成す術もなかった。
殴られ、蹴られ、機械鎧を取られ、悲鳴を上げ、助けを求めれば、また殴られ。
容赦のない力の差で、得意の体術も、錬金術も、全て封じられて。
首を、痣がつくほど絞められた後は、まともに声を出すことすらできなくなって。
今も、揺さぶられるたび、エドワードの喉からは掠れた音が零れるだけだ。
「……いっ、」
室内に響き渡る生々しい水音に、途端に忘れていた痛みが甦り、エドワードは掻き毟るように床に爪を食い込ませた。
「か、は、」
痛い、痛い、苦しい、痛い。
身体の奥を抉り取られるような痛みに、喉が震える。
筋肉質で、柔らかさの欠片もないぺらぺらの腹部が、突き上げられるたびに生き物のように蠢く。大きな虫が、子宮の中を何度も這いずり回るような感覚に、何度目かわからない吐き気が込み上げてくる。
鼻につく鉄の臭いは、収まるどころか悪化する一方だ。もう散々上げ過ぎたせいで、声も枯れ果ててしまった。
痣がつくほど首を絞められた後からはもうほとんどでなくなってしまって、今も揺さぶられるたびエドワードの喉からはあ、とかひ、とか、小さな渇いた音が零れるだけだ。
屈服させられている。容赦のない、力の差で。その事実に、唇が震えた。
「もっと足を開きなさい」
ぐいと足を開かされ、結合を深くさせられる。あまりの痛みに、身体がのけぞった。
自然とずり上がる腰を男が押さえつけ、体重の全てをつかってのしかかってくる。もうこれ以上は入らない、そう思うのに、男は容赦なくエドワードの小さな体を暴こうとしてくる。無様に投げ出された左脚が、がしゃがしゃと無機質な音を立てて軋んだ。
「あ、ぁっ……あッ」
視界が赤黒く染まる。無意識のうちに、使える左手で男の身体を押しのけようとする。しかし、その瞬間飛んできた頬への容赦のない殴打に、その腕は力なく冷たい床に落ちた。
いたい。手が痛い。足が痛い。頬が痛い。無理矢理暴かれた場所が痛い。
―――心が、痛い。
守ってくれる大人だと、勝手に思っていた。今エドワードの服を破き、覆い被さり、獣のように荒い息を吐いているこの人は。でもそれは、全くの間違いだった。
気が付いた時には、全てが遅かった。
頬が、鋭い熱をはらんで膿んでいる。
身体のどこかしこも痛かったが、頬は一段と痛い。鼻につく鉄の臭いは、きっと鼻血だ。
赤く膨れ上がるまで貫かれたそこは、息をするたびに小刻みに収縮を繰り返しては痙攣し鈍い痛みを訴えてくる。
もう、指の一本すら動かすこともできなかった。
力を入れてもいないのに中からドロリとした何かがとめどなく溢れ出てくるあたり、きっとめちゃくちゃなことになっているのだろう。
こんなに肉体的にも精神的にも無気力にさせられたのは、禁忌を犯した時以来だと思う。
あの時と唯一違うことは、側にいるのが最愛の弟ではないということだ。
「処女を抱くのは初めてだったが、随分と楽しめたよ」
エドワードを床に投げ捨てたまま、身なりと整えた男が近づいてくる。
「子供にしては、いい身体だ」
ゆるりと笑う男は、どこか満足げだ。
むせかえりそうになるほどに充満する牡と血の匂いの中で、エドワードの側に膝を突いた男が、身体中に残る咬み痕を、太く、無骨な指先でなぞった。
それすらも痛くて、エドワードはなんとか男から離れようと床を這いずるが、途端に走った下腹部の痛みに、腹を抱えてうずくまる。
「ああ、無理して動くな。傷に響くぞ」
加虐性を隠しもせずに喉を震わす男は、本当にあの大佐なのだろうか。
「それにしても、ずいぶん汚なくなったな」
ゆるゆると、男がエドワードの身体を撫ぜる。エドワードがまき散らした吐瀉物を絡め取りながら、それは痣のできた腹部、胸元を這い、そのままうっ血した首へ向かった。エドワードはどうすることもできず、嘔吐物のぬめりをかりて痛む皮膚の上を這いずりまわる男の手を感じていた。
「なあ、鋼の」
ぺたり、と。首に走った大きな痣を覆い尽くすように、男の片手がエドワードの細首を包みこむ。
前とは違いなんの力も込められていないはずなのに、息ができなくなるのはなぜだろうか。
「こんな醜い姿では、もう誰にも愛してもらえないな」
くつくつと肩を震わす大人の鼻は、本当に利いているいるのだろうか。自分で吐きだしたものだが、エドワードでさえ顔を顰めるほどの臭いだというのに。
「鋼の」
ふと、視界が天井の白から黒に染まった。覗き込むように覆いかぶさってきた男に、顔を覗きこまれていた。
男から、笑みが消えていた。
「愛してやろうか」
何を言われたのか、一瞬わからなかった。腫れた瞼を震わせ、至近距離にある黒い瞳ををひたすら凝視する。
「嘔吐物にまみれ、傷だらけで、痣だらけの汚い君を、私が愛してやろう」
この部屋に連れ込まれてから、男はずっと口角を上げていた。
それに、大人はエドワードの前えはいつも胡散臭い笑みを浮かべていた。だから、こんな無表情に近い真顔の男は初めてみた。
「罪を犯した君は誰にも愛されることはない。君の母親だって、君を愛するふりをして、君の父親を恋しがっていたのだろう?」
首にかかっていた手が、するりと頬に触れた。ひやりとした液体の冷たさに、きゅっとうち頬が痙攣する。そんな震えを包み込むように、両頬に添えられる手のひら。
母親。オレの、オレ達の母親。母さんは、オレを愛してくれていた。これは紛れもない事実だ。だけど。あの人はオレたちの錬金術を通して。オレを、通して。
あいつを、ずっと思っていた。
「だから」
徐々に、近づいてくる深淵のような黒。腫れた唇に、男の吐息がかかる。
「──私が君を、愛してあげよう」
眼前が、完全に闇に染まった。と、ちゅっと。吸い付くように唇をついばまれる。
抵抗する気力もなく、ぼんやりと軽く重なるそんな男の動きを受け入れていると、何を勘違いしたのか大人は一瞬動きを止め、次の瞬間噛みつくように角度を変えて唇を貪ってきた。ぬめる舌が、無遠慮に口の中を暴れまわる。流し込まれる男の唾液と、苦みと酸っぱさと、えぐさ。こんなゲロまみれの口中を美味しそうに舐めしゃぶり、音をたててすすれるのはきっと世の中どこを探してもこの大人しかいないだろう。うっすらと目開ければ、そこには闇に包まれた燃えるような情欲の光がひとつ。
瞳に宿るその焔を見た瞬間、エドワードはわかった。
頬が、いやな音をたてて引き攣る。見つけてしまった。気づいてしまった。
男の視線が、何を意味するのかを。
そうか。
こいつ、オレのことが好きなのか。
──笑いが込み上げてきた。いっそ大声を上げたくなるほど。しかし、肝心の喉はさんざん叫んだせいで潰れまともな音を上げることすらかなわない。
一体全体、この世の中はどうなっているんだ。
本当に愛してほしかった人は、もうこの世にはいないというのに。
母の代わりに、オレに宛がわれたのはこの男。
オレが犯した罪の形は、こんなにもすぐ近くにあった。
それ相応の痛みを伴って。
ああ、ああ母さん。
あなたはオレを通して、アイツを愛していた。
ああ、母さん。
オレはただ、あなたの愛がほしかっただけなのに。
どうして。どうしてオレは。
どうしてあなたではなく、こんな男に愛されているの。
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