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ジエンドオブザエンドの続き。

終わりのない

 

 

 

鮮やかな喜劇は幕をあげる。
そこには、目を覆いたくなるような幸せと、残酷が満ちている。

登場人物は目を惹く色を幾重にも身にまとい、何人も、踊り笑い嘆き小さな世界をくるくる回していく。

終劇に向かって、世界を縦横無尽に駆け回る。

もし、劇が終わらなければ。
絢爛豪華な舞台は、表情豊かな役者達は、煌びやかな服は、艶に濡れた靴は。
延々と、同じ世界を回り続けるだけ。


つまりこれは、終わりのない喜劇。
だったりする。
 



部屋に入るなり、顔を殴られた。
「人の顔を見るなり逃げ出すというのは一体どういう了見かね」
殴られるといっても平手だったので、無様に床に倒れ込むことだけは避けられた。が、重い一撃だったため口の端からピリとした痛みが頬を伝って、惨めに視界を濁した。
つ、と顎を伝う冷たい赤をふき取る前に、ぐいと顎を掴まれて上を向かされる。

あいかわらず容赦をしない男だ、と思う。
「さぁ鋼の、申し開きを聞こうか」
気味が悪いほどの優しい声に、心の中で吐き捨てる。申し開きなんて意味ないくせに。
「私は別に、逃げろと命令をした覚えはないんだがね?」
先ほどエドワードを躊躇なくぶん殴った人間の声とは思えないほど静かな目。一見すると冷静に見える。

けれども、顎を掴み上げてくる手を振り払うことはできなかった。
同じ年くらいの少年少女たちよりもはるかに場数を踏んでいるエドワードにとって、自分の中にある危機感というのは何よりも信ずるべきものであり、相棒だ。
「……アルには」
そして、そんなエドワードの相棒と言う名の本能が告げている。今、彼に逆らってはならないと。
「アルには、何もすんな」
ずっと、マスタングを見てきたエドワードだからこそわかる。

いま、彼はとても怒っている。

「言い訳もなしか、愁傷なことだな。本当に君は弟想いで──妬けるね」
思ってもない事を。皮肉を込めて痛む口角をわざと釣りあげてみれば、マスタングも笑った。艶やかな笑みだった。
「……、」
嫌な予感がして身を固くしたが遅かった。どんと鈍い音がして、腹部に重い鈍痛が走る。
「がはッ……」
太い膝がみぞおちに食い込んでいた。膝の力が抜け、体重を支えることができなくなる。

今度こそ、床に崩れ落ちた。
「まったく」
床に敷かれた鮮やかなカーペッドに、自分の透明な涎が垂れていく。張り詰めていた虚勢がひび割れ始める。
「手を焼かせられる私の身にもなってくれないか?」
粗相をした子供や聞き分けのない子どもを叱りつけるように、カツンと、艶のある黒い靴が地面を叩いた。
顔があげられなかった。


『君は本当に、馬鹿だね』


マスタングの機嫌が悪いことは知っていた。
この宿に来る途中、彼はほとんど口を開かなかったから。
着いた宿は既に予約していたらしく、受付も通さずに階を上がることになった。

すれ違う人もおらず、がらんとした広い階に、男と、強張るエドワードの足音だけが響き渡りさらに不安が煽られた。
存外、大きな宿だ。これだけ人の気配がしないのはおかしい。もしかして、貸し切っているのだろうか。

それともそんな宿を選んだのか。人の目を気にせず、エドワードを此処に連れてくるために。
最初から、エドワードをここに連れてくるつもりだったのかもしれない。
ぞっとした。
マスタングの執着をまざまざと見せつけられたようで、ぶるりと身震いをする──聞かれたくないような事をする気なのか、と。
そんなエドワードの恐れなどお構いなしに、男はエドワードを引きずるように歩き、目的の部屋の前で止まった。

トン、と背中を押され、つんのめるように部屋に足を踏み入れたのが最後、突然の殴打。
いつもであれば、最初は言葉でエドワードを切り裂いてこようとするはずなのに。

予想外過ぎて、受け身を取る暇もなかった。

 

 

 

 



「いつになったら君は、ちゃんと私の言うことを聞いてくれるようになるのかな」
「いっ、てぇ……」
腹を抑え蹲る。するりと、慣れた手つきで垂れ下がった前髪を払いのけられ、大きな手が頬に潜り込んできた。マスタングの手はいつも冷たかった。
「大人しくすれば殴られることもないだろうに」
「……大人しく、してても、殴ってくんだろ、」
黒い大人を決死の覚悟で睨みつける。マスタングは静かな笑みを崩さなかった。
「鋼の、小さな逃亡劇はたのしかったかい?」
優しく、形を確かめるように撫でられる頬。今日はあと何発だろうか。切れた唇の端がぴりと痺れる。

触れられた箇所から、皮膚が凍っていきそうだ。
マスタングのむき出しの怒りに、いつまでたっても慣れない。いい加減、身体は慣れてくれたっていいだろうに、小さな身体はいつもエドワードの期待を裏切る。

僅かに震える拳。強くありたい、そんなエドワードの心は、他でもない自身の体に嘲笑われている。
「答えなさい」
黙れば、黒々とした瞳が覗き込んで来た。強い視線。圧迫感に、じりじりと神経が焼けつくような緊張を覚える。
「なぜ答えない、口が聞けないわけでもないだろうに」
はやく、答えなければならなかった。これ以上男の機嫌を損ねないために。

しかしそう思えば思うほど、口は重くなった。
口元は笑んでいるのに、少しも笑いを宿さない、深い闇を抱えた黒曜石。

彼はエドワードの一挙一動を見張っていた。
一体何が、マスタングの地雷となるのかがわからない。マスタングは指揮官として周囲を統率する気質を持つ男ではあるが、意外と気が短く、激情型だ。そのせいで、エドワードは何度も男の機嫌を損ね酷い目にあった。

とりわけ、マスタングはエドワードがアルフォンスの話題を出すと目に見えて機嫌が悪くなる。
しかし、マスタングとの逢瀬を終えたら、エドワードはすぐにでも弟の元に戻らなければならない。弟を元の体に戻すための情報を手に入れるために。
マスタングの機嫌を取りつつ、彼の地雷を避け、バレないように、はやく弟の側に戻るためにはどうすればいいのか。
「すぐ、戻るつもりだった……」
拳を握りしめる。
「……悪かった」
謝るという選択肢しか、なかった。が、直ぐに悟る。また、エドワードは間違えてしまったようだ。
「……すぐに戻るつもりだった?」
歪に固定されていたマスタングの笑みが、静かに消えていく。まるで汚物でも見下ろすように目を細めたマスタングは、汚いな、と小さく吐き捨て、エドワードの髪を掴み上げた。
「ぁう゛ッ」
「私は謝れとは言っていない、楽しかったかと、質問したんだ」
「ぃ、」
「君は私を視界に入れた途端走り出した。アルフォンスに連れ戻されていなければ、きっと今頃隣町だな」
どくんと、心臓の嫌な部分が剥がれた。
「ち、がう……!」
「どこが違う?」
響くテノールに、凄みが増していく。
急降下した機嫌を感じ取る。エドワードはぎこちなく頭を振った。いまだに残る衝撃に、くらりと飛んでいきそうな思考を叱咤しながら。
「ちが、う……違うんだ」
歯の付け根が震えているのは、痛みのせいだと、何度も自分に言い聞かせる。
「戻る、つもり……だった、すぐに。本当だ」
「……」
黙ったままのマスタングに、床に顔を叩きつけられた。がちん、と、鈍い衝撃と共に、鼻の骨にじんとした痛みが響いた。
「く……」

自分でもわかってる。
これは言い訳だと。

どんなに言葉を取り繕ったって、彼の言う通りエドワードは逃げ出した。マスタングを目にした瞬間、身体の奥底から膨れ上がった恐怖に耐えきれず。
マスタングと別れたのは数日前で、まだ身体のあちこちが痛くて、平気なふりをするだけで精一杯だった。

だから逃げた。今日は体が辛いから、セックスしたくない。その思いだけに支配され、冷静な思考を失った。
衝動というにはあまりにも拙い行動だった。
「もしアルフォンスが君を追わなかったらどうなっていたか。考えられないわけではないだろう」
その天才的な頭脳は飾りかね。陳腐な煽り文句を、ただ噛みしめるしか出来ない。
「私は気が長い方ではないからね、今頃彼はきれいに溶けて液体になっていたかもしれない。まあ、今からでも遅くはないがね」
マスタングが放った赤い熱で、どろどろに溶け銀色の液体になった弟を想像する。ありえる未来だ。この男ならばする、かもしれない。マスタングは、エドワードのこととなると狭量だ。
「やめ、ろ」
「弟を守るだなんて口では言っておいて、大した兄弟愛だよ」
「うるさい」
エドワードの弱さが、マスタングによって剥き出しにされていく。そこには一切の容赦がない。
「涙ぐましいな、幼い頃から共に生きてきた弟は、いつも君を思っているというのに。そんな弟を見捨てるのか、君は」
「……黙れ!もともと言えばアンタが」
「──偽善者め」
ねっとりと囁かれる言葉は、いつにも増して悪意に満ちていた。反論できないのは、その一言が鋭く胸に刺さるのは、それが本当のことだからだ。
「アルフォンスも可哀想に、君のような人間が唯一の兄だとは」
マスタングは本当のことしか言わない。エドワードがなけなしのプライドで覆い隠している部分を暴きたて、目の前に突きつけて嘲笑うのだ。
みろ、お前はこんなにも汚い。
これでよく人間が務まるな、と。
「自分の事しか考えられない偽善者の君には」
認めろ、認めろ、認めろ。
マスタングの重い声が脳内に響いてくる。
それはやがて弟の声と重なり、エドワードの体を縛り付ける。
罪を犯したくせに、逃げ続ける愚か者め、と。

「私の下で足を開いて、狂っていくのがお似合いだよ」

腕を掴まれ、引き上げられる。
「馬鹿な狗らしく、ね」
向かう先はいつもと同じ、冷たく固いベッドの上。ざっと青ざめ、足元が凍る。
「やっ……」
希望に満ちた空の色を纏っておきながら、マスタングは本物の悪魔のようだった。
イシュヴァールの地で、何人もの人間を焼いた男。あの地での出来事が彼をここまで外道に落としたのか。

それとも初めからこうだったのか。途中でマスタングと知り合ったエドワードには判断することができないが、ただ一つの真実は。

ロイ・マスタングという男が、エドワードを壊そうとしているという事実だけだった。

「や、っめろ、はなせよ……っ」
呼吸が詰まって、大きな声が出せない。エドワードの懇願は聞き入れられることなどなく、乱暴にベッドに叩きつけられた。
怯むエドワードなど御構い無しに、マスタングはさっさとコートを脱ぎ始める。いつものように、淡々と。

これから流れ作業のような軽さで、エドワードは犯される。心すらも無視されたまま。
男でありながら、男に咥え込むことしか能のない、家畜のように。

「……いやだ」
マスタングを睨むことはもうできなかった。乳白色のシーツを呆然と見つめる。
「いやだ、いやだ」
崩壊寸前の心が、噛み締めた歯の隙間から悲鳴をあげても、男は顔色ひとつ変えない。
「いやだ……!」
「あまり大きな声を出さないでくれないか」
「いや、っ……」
「服を脱ぎたまえ」
「いやだ、嫌なんだ、今日は、頼むから」
「癇癪が許されるのは赤ん坊までだよ」
「っ、この町を、調べ終わったら」
大人しく足を開くから。だからもう少しだけ未来を目指す時間を。まだ、弟を思いやれる兄のままでいたい。
今の自分では、マスタングに犯されて、何事もなかったかのように弟の元に戻るなんて出来ない。
「聞いていなかったのか?」
ぱさりと、マスタングがコートを椅子にかけた。

突き抜けるような青色と、階級を指し示すための圧倒的な飾りが金に光る。
「君の弟がただの溶けた金属になるのも時間の問題だと」
マスタングが、見せつけるように手袋をポケットから取り出し、ベッドの上に放り投げてきた。反射的に後ずさる。
マスタングは白いシャツを脱ぎはしなかった。それだけで、今日はどんな風に抱かれるのかがわかる。

マスタングはエドワードを完膚なきまで服従させようとする時、いつも服を脱がない。エドワードだけを全裸にさせて辱めるのだ。

痛がるくせに反応し、一人だけ苦悶の悲鳴と快楽による嬌声をあげる痴態を冷めた目で見下されるのは、エドワードの心をズタズタに引き裂くには十分な行為だった。
「鋼の、よく聞きなさい」
硬直し、動かない膝を割り割かれる。
膨らんでもいないそこに角ばった膝を押し付られ、腰が慄いた。
「っ、く」
「私が君を殴るのは、君が自分の立場を理解していないからだ」
「あっ、い、痛い……っ」
ぐりぐりと、体重を乗せながら膝を押し付けられ、本当に潰されてしまいそうな恐怖に足を閉じようとする、が、強い力で止められた。
「つぶ、れるッ…….ぁ」
「私は君に服従を誓えといった」
「……誓ってる、だろっ!」
「ほう」
「──っ!」
がっ、と、目にも留まらぬ速さで口を手のひらで覆われ、呼吸が止まった。
「……どの口が」
地を這うような低音が、マスタングの歯の隙間からこぼれ出す。
「言っている……?」
吐息一つ分しか、離れてない距離。皮膚の皺まで見えそうなほど近くで自分を見つめる黒い瞳は、マグマのように爛々と燃え滾っていた。
底冷えしそうなほどの闇が、あった。
これまでの飄々とした口調からは一転して、マスタングからは憎しみすらも感じられた。
彼の地雷を、時間をかけて理解したエドワードは、呆然とマスタング見上げた。
身体中に、冷水を浴びせられた気分だった。
「あ……」
静かに離れていくマスタングの手のひらに、赤い赤い血がこびりついているのが見えた。

どうやら鼻血がでていたらしい。地面に顔を打ち付けられた時だろうか。
「な、んで」
鼻血を出して、股間を踏みつけられて。もうこれ以上ないほどに、今のエドワードは惨めだ。

マスタングといると、エドワードは普段の悪態すらなりを潜めて、ただの弱い子供に成り下がる。強くありたい、そう願って機械鎧の手術に挑んだあの日の自分が、どんどん遠くに行ってしまう。
どうして。
「なん、で……」
こんなちっぽけな、子ども相手に。
「どう、しろって、んだ……」
血のついた手のひらを頬に添えられても、振り払うことだってできやしない弱い自分に。

ここまで執着するのはなぜなのか。弱い人間なんて大嫌いだろうに。
エドワードの惨めな本音をどこまでも引き出しておいて、これ以上一体何を望むというのか、この男は。
「鋼の、いい子になりなさい」
「……してる!」
「いいや、まだだ」
もう、十分いたぶっただろう。
彼の思惑通り、エドワードはマスタングからも、弟からも逃げ出した。
もう、十分だろう。
「私だけを見るんだ」
マスタングの本音を、初めて聞いた気がした。唇を噛み締め、目を瞑る。

頬に添えられたマスタングの手は、恋人にするような穏やかさで、頬を撫でてくる。
目を瞑っても感じる、マスタングの視線。
アンタだけを見てる。そう口にしたとしても、きっとマスタングは信じない。本心ではないから。マスタングは、エドワードよりもエドワードの本音を知っている。
「目移りすることは許さない。私だけを見なさい。それができない限り、この関係は終わらない」
脱力感が、攻めてくる。
「鋼の、君もわかっているんだろう?」
マスタングは、どこまでもエドワードを追い詰める。どんなに痛くても、熱くても、寒くても、苦しくても。終わりはきっと訪れない。
最初から、マスタングの視線の先は変わらなかった。逃げ出し、弟と共に戻ってきたエドワードをじっと見つめるその瞳。彼はずっと、エドワードだけを見ていた。
「これ以上、君の体に痣が増えるかどうかは」
エドワードの全てを、奪い尽くそうとするように。
「全て、君次第だ」
もう、何も言えなかった。
逃げても捕まえられ、引きずり戻される。
わかっていたことだ。
逃げる術なんて、初めからないのだ。

今エドワードがするべきことは、マスタングに服従を誓うことだ。
例えそれが、見せかけだけの行動だったとしても。やっても無意味、けれど、やらないよりはマシだ。

震える手で、のろのろと自分の衣服に手をかける。幾度となく繰り返した動作、早鐘を打つ心臓も、いつもと同じ。

変わらない、なにもかも。
堂々巡りだ。

全て脱ぎ去るその瞬間まで、マスタングはエドワードの体から一切目を逸らさなかった。




 

 

 

 

 

 

 

 




頭が、揺れる。
「あっ、あぁ、……あっアっ」
体が揺れる。視界が揺れる。
「あっあ、……あっひっ、ァあっ」
涎をたらし、馬鹿の一つ覚えのようにみっともなく漏れる声は自分のものだ。聞きたくないのに、どうしても出てしまう。
「いっ、ん、…..あっ、あっ」
赤子のように極限まで足を折り込まれ、上から押し込むように何度も何度も出し入れを繰り返される。
苦しむエドワードにのしかかり、表情一つ変えず機械的に腰を振る大人は、残忍の一言に尽きた。

強く噛まれた肩や胸元は、赤黒く変色してるはずだ。せっかく、治りかけていたのに。
「や、あぁ、あっアッ」
微かに鼻を掠める鉄臭さ。別に機械鎧が故障しているわけではない。

激しい挿入に、数日前も酷使された結合部が耐えきれなかったせいだ。
「あっ、いた、大佐、痛、い、ぅ」
「相変わらず狭いな、動きづらい」
「あ、ぁああ、ひ……!」
ぐちぐちと狭い穴が悲鳴を上げ続ける。もう無理だと、壊れてしまうと叫んでいる。

見えないはずがないのに、マスタングはエドワードを苛むことをやめない。マスタングの瞳は、いつもより、据わっているようにも見えた。それが尚恐ろしく、エドワードはぶつけられる激情をただ受け止めることしか出来ないでいた。
「力を抜きたまえ。入れにくい」
無理だ。エドワードはなんとか苦痛を和らげようと、頭をシーツにこすり付けた。

しかし、そんなエドワードの行動を彼は許してくれなかった。逃げる腰を引き戻され、ドツン、と奥を抉られる。

かは、と肺から呼吸が押し出される。
「私を見なさい」
「──!」
エドワードは何も答えず、酸素を求める魚のように口を開き、喘いだ。視界がぼんやりと霞み、目の前にあるマスタングの顔すらもぶれてしまう。
「私を見るんだ」
「ぁ゛っ、は、ぁ、……」
繰り返される同じ命令に、首を振る。せいぜい衝撃に耐えることが限度なのに、これ以上のことはできない。

精一杯の懇願だった。しかしマスタングはエドワードが駄々をこねていると勘違いしたのか、執拗に攻め立ててきた。
「あっぁっ、ん……!」
「見ろ」
「くっ、ぅ゛う……」
腹の中を舐め回すように、異物が好き勝手に動き回る。いつものように。

こんなおぞましい感覚を、覚えてしまった身体が憎い。
「た、のむから……ゆ、くり」
「目を開きなさい」
「っ、て、まっ、て……ぁあ、っ、きぁ」
舌打ちした男に、乱暴に幼い性器を扱かれる。きつくシーツを握りしめ、かぶりを振り、必死に滲んだ瞳を開く。

が、ずきりと痛んだ腹部に、つい目を閉じてしまった。
「ぁ、っ…….は、あ…ア、ぁあッ」
どんなにエドワードが声高く叫んでも、マスタングは腰を打ち付けるのを止めない。

癇癪を起こしているのはどちらだと、言い返してやれればどんなにいいか。
「見るんだ」
ガクガクと震える視界には、揺れる黒髪と、抱えあげられた自分の脚が見える。錆色の足に、弟の姿が被った。

最近忙しくて忘れていた。帰ったら油を、足してやらないと。
「集中したまえ」
「んっ……く、ぅん」
ずぶずぶと音を立てながら、ひっきりなしにめくれ上がる中の肉。エドワードの鮮血がついた、マスタングの硬い茎。感覚はひっきりなしに刺激されているのに、全てがどこか白く、霞んでいる。
「いた、いたい……」
ばんばんと、肉がぶつかる。マスタングの荒い吐息が増す。いつもより乱暴なセックスに、彼は興奮しているようだった。
薄い腹の裏側をずりゅり、と大きく擦られて、エドワードは仰け反り、手で口を覆った。けれども、激しく抱かれ慣れた体は、やがて貪欲に快感を拾い上げ始める。

律動に合わせて強く扱かれるたび、いやらしい水音を立ててゆるゆると勃ちあがっていく男の象徴。

痛いのに、出し入れされるたび絡みついてしまう内部の肉壁。

腰の奥からじわじわと溢れ出てくる、気持ちよくて、気分の悪いもの。

エドワードはそれを認めたくなくて、抑えた唇の隙間から尚更痛いと叫び続けた。けれども。
「……よくなってきたか」
エドワードの些細な変化を、マスタングが見逃すわけがなかった。

彼は浅ましい体に落ちたエドワードを、深く嘲笑った。
「やめ、や、めろっ……、」
「君はここが弱いな。痛いくせに」
簡単な体だ、と、マスタングはエドワードの真実を曝き出す。
「壊れるくらい潰してやる。好きなだけ喘ぐといい」
彼の爪が、脚に食い込む。がっちりと腰を固定された。逃げ場がなくなった。
「、……….く…..ぁ――――ッ」
一度大きく引き抜かれ、限界まで広げられ赤く腫れ上がっているそこに、膨張したそれを体ごとねじ込まれ、弄り回される。
「い、ひ、ぁあっ、あ゛、……ふか、ふっぃいいッ……!」
ズブブブと、空気の破裂する音を弾けさせながらどこまでも侵入してくるそれが恐ろしくて、無我夢中で首を振り足をばたつかせる。痛いのか熱いのか苦しいのか気持ちいいのかがわからない。

ただ、背中から底なし沼に沈んでいくような恐ろしさがあって、たまらず覆い被さってくる大きな背中にしがみついた。マスタングが小さく笑って、背中を撫でてきたことにも気づかなかった。

自分が何を口走っているのかさえ、もうわからない。
「うぁ、ああぁああ」
泣き出す寸前の子どものように、息が乱れる。大きな背中を無我夢中で叩いてもビクともしない。それどころか、余計に深く腰を落とされ半狂乱になった。
「あっ、ひぃっ、はっ……うそ、うっ……」
「嘘じゃない、まだまだ入るよ、緩くなったな」
「ごめッごめんなさッ、ごめんなさい苦しいッ……くるっ……!」
「暴れないほうがいい。うまく入らなかったら危ない」
ぐんっと足を水平まで大きく開かされる。マスタングが踊りかかってくるのが見えた。
「き、ぁっ゛」
一瞬でチカッと思考が光り、プツリと暗くなった。普通であれば耐えきれない部分に深々と突き刺された上、ごちゅごちゅと指では届かない部分をかき回されて体が痙攣した。
「……〜〜〜ァ、ァア、〜〜〜〜ッ……!!」
力一杯抱き潰され、隙間なく密着して、何度も何度もそこを突き続けらる。

ガクガクと体全体が痙攣した、だらだらと、結合部から溢れた赤く粘ついた粘液がシーツを汚す。マスタングの腹に挟まれて、自分の幼い男根が、狂ったようにびくびくと跳ね続けている。

犯された部分がただただ熱くて、ぐるぐるする。
「は……、は」
くつくつと、マスタングが金切り声をあげたエドワードを揶揄った。

わざとらしく目を見開いて、可笑しそうに肩を震わせている。
「驚いたな。君、今のでイッたぞ。気づいているか?」
脳髄が沸騰するような熱が引いていくと同時に、腹部の冷たさに気がついた。慣れた感覚。そして大きな脱力感。

マスタングに言われた通り、今ので吐精してしまったらしい。なおも苛まれ続ける結合部の温度差に、汗が吹き出して止まらなかった。
「醜いな、鋼の」
マスタングはまだ頬を緩めている。心底楽しんでいるみたいに。
「はっ、は、……っ」
「好き勝手に抱かれて、涎を垂らして、死ぬ間際の魚のように痙攣して、私の前で勃起して、射精して」
はは、とマスタングが声を上げて笑った。彼が声を出して笑うの姿を見たのは、初めてだった。
 「よがり狂う君は本当に醜い」
しばらく彼は笑っていた。が、ふいに真顔に戻った。

静かに見下ろしてくる瞳と、伸びてくる手のひらは、やはり真っ直で。
 


「醜くて、可愛い」
 


独白のようだった。
エドワードは、放出の虚脱感に苛まれながら、ぼうっと自分を喰らい尽くす悪魔を見上げた。

首に添えられた手に、ゆっくりと力が込められる。返答することも、抵抗することもできなかった。

とても、疲れてしまって。
「君が可愛い、こんなにも」
それは、なにかを諦めたような声色で。どうにもならない事実を、マスタング自身が飲み込んでいるような。
きりきりと首を締め付けられながら、額にかかる、汗で湿った前髪を撫であげられる。

「君のためなら、私は悪魔にでもなれる」

熱く濡れた黒い瞳に熱く見つめられ、自然な流れで近づいてきた唇。動けない首を逸らして、顔を背けた。
「……それなのに」
一瞬にして満ちた静寂の合間に、マスタングの黒髪がぱさりと額にかかってきて、余計に顔が見えなくなった。首にかかる負荷に、だんだんと、気道が狭まっていく。
「これだけ、醜くなっても」
首を締め上げてくるマスタングの片手が、僅かに震えた。それはほんの一瞬のことだった。
「まだ私のものにならないのか、君は」
初めて、マスタングの声にひび割れが混じった、ような気がした。

割れた所から、エドワードを侵食する様々な色が溢れ出てくる。

「君は本当に馬鹿だね、素直に受け入れればいいものを」
黒、空の青、錆、金、白、赤、その全てが鮮やかに、小さな世界が回る。視界の端でちらつくそれを見ていられなくて、エドワードは強く目を瞑った。
どんな美しい色でも醜い色でも、混じってしまえば一色だ。まぶたの裏は、冷たい灰色だった。こちらに背を向ける、大切な鎧が浮かんだは消えた。
「そうやって、いつまでたっても君は目を瞑る」
弟を、裏切った自分からも目を背けて。
怒り、憎しみ、悲哀。溢れんばかりのさまざまな色を、マスタングは小さく吐き捨てた。

「残酷だな」


──これは喜劇だ。

ちっぽけな逃走劇は、石に蹴躓いて簡単にザ・エンド。
そして新たな幕開けは黒い闇の中に突き落とされて直ぐに終了。ジ・エンド。


絢爛豪華な舞台の中で、何度も幕があがり、小さな世界は回り続ける。
終劇を望み、死に物狂いでくるくる走り回るエドワードと、終わらせたくないマスタング。

側から見れば愉快で楽しい、残酷な追いかけっこ。

自らを悪魔と称した男は、必要とあらば観客すらも焼き尽くすのだろう。

それなのに、彼は弟のために生きられないこの身勝手な体を終わりにしてくれることもなく、私のために生きろと、どこまでも追いかけてくる。

いつかマスタングは、舞台でさえ灼熱の焔で覆い尽くし、全てを灰色にしてしまうのかもしれない。

エドワードの服も靴も焼いて、エドワードの身体だけを残して。
 


「残酷……なのは」
 


絢爛豪華な舞台も、表情豊かな役者達も、煌びやかな服も、艶に濡れた靴も。

たとえ灰色になったとしても、延々と、同じ世界を回り続けなければいけないというのに。
 

「どっちだ、よ」


首にかかる圧力が、じわじわと重くなる。マスタングは力を緩める気はないようだ。
この分だと、やはりマフラーを新調しなくてはならなくなるだろう。
再び開始される律動。先ほどとなんら変わらない激しさで、体が暴かれていく。

今日は、何時に帰れるのだろうか。マスタングの気の済むまで、食い尽くされるのだろうか。
再び立ち上がることは、できるのだろうか。

 

 

 


ああ、アルフォンス、オレは今笑えているか?
 

 

 


終わりのない喜劇は、まだ始まったばかりなのに。

​オレは、重ねられたマスタングの唇を噛む気力さえ、忘れてしまった。

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