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「……んっ」

ぐいっと顎と掴まれ、仰け反った体制のまま唇に覆いかぶさってくる大きな口。 強い力で腰に回された腕の硬さが、逃がす気はないのだと教えてくれる。別に、知りたくなんてなかったのだけれど。

「ちょ、う……まっ、んン……」

鼻から抜けるような声が自分の物ではないみたいで、えも知れぬざわめきに震えた。

固定されている腰から背筋を這いあがってくるそれはいっそうすら寒くて。思わず、目の前にあった男の胸元を握りしめる。

さらりと固い軍服は、大人の仕事着だ。今いる場は、まごう事なき大人の仕事場なのだ。

「ん、ん……ふあ」

ぬるりと、引き抜かれる舌の感触が生々しくて、つま先が動く。逃げ出したいけれど、抱え上げられるように腰を押し上げられ、首を極限まで逸らした真上から口づけられているため、滝のように流れこんでくる舌と唾液を受け止めるだけで精一杯だった。

そう、まさに流れこんでくるのだ。上を向き、真っ直ぐにされた気道は何もさえぎることができずに、だらだらとしたたる大人の体液を飲み込んでゆく。自分の意志に反して。

20センチ以上ある身長差が、恨めしい。

「んん、たい、さ……」

「おいしい?」

「んなわけ、ツ、んう」

大人は、苦しいと訴えた目に一瞥だけくれた。そして光の乏しい瞳をうっすらと薄めると再度唇を重ねてきた。さきほどよりももっと深く。

歯の裏、舌の裏、うち頬、そして喉の奥を目指して。こういう事をするようになってから気が付いた事だが、大人は以外に舌が長い。エドワードの小さな話なんて、簡単に包み込まれてしまうぐらいには。そして、口内をねぶってくる者はいつもしつこかった。

真昼間から、誰がくるともわからぬ一室で、こんなこと。鍵だってかけていないのに。 ひやひやとした焦りに苛まれていくにつれ、唇の重ね合いはどんどんと激しくなってゆく。止める者は誰もいない。エドワードも大人の暴挙を止めることはできなかった。理由は簡単だ。嫌じゃないから。背徳的な場所でする、背徳的な行為。これはとても気持ちいいものだと、エドワードの体に叩きこんだのはこの大人だった。

もう何度、人のざわめきを感じる場所で淫らな行為にふけったか。数えきれないほどだ。

時には司令部の図書館で、人の出入りが多い手洗い場の個室で、誰かが熟睡している仮眠室で。 そして今日は、男が常に常駐している司令室で。

出払った部下はきっと、もうすぐで戻ってくるだろう。 最初は嫌だと突っぱねていた。けれども、大人から与えられる圧倒的な快楽の渦に、数度目かには体はもう簡単に堕とされてしまった。 伸びてくる大人の手に、逆らえない。逆らう気力すら、肌にまとわりつく大きな手に染め上げられて。

 

 

君が小さくて本当によかったよ

───なんで。

君の奥の奥まで、味わうことができるからね。

――――嫌味かよ。

いいや違う。宣誓さ。

───宣誓?

今から君に、たくさん酷いことをするという、ね。

 

そういった大人は、情欲を隠すこともせずにエドワードを抱いた。宣言通り、奥の奥まで。 痛くて、怖くて、つらかったけど、いつも優雅に微笑む指揮官としての仮面を捨てた大人の必死さに、エドワードは大人を受け入れてしまった。 奥の奥を暴かれる痛みを、許してしまった。大人がいうところの酷いことを、認めてしまった。

ずるい大人だ。少しの手加減も容赦もなく、子供のエドワードを堕とそうとしてくる。まだ12歳だったのに。 気づけば大きな大人にからめとられ、雁字搦めに縛り付けられていた。 少しでも気持ちが逃げようとするとどこまでも追ってきて、身が狂いそうになるくらいの激しい情交を与えられる。

息をつく暇もないというのはこういうことだろう。ただただ喘がされ、暴かれ、意識を飛ばされ、そして最終的に、大人にもっともっととねだってしまうのはまぎれもなく自分だった。

 

「んん、んむ……」

角度を変え、少しの隙間も感じられぬほど密着して唇を貪られる。何度も何度も引き抜いては差し込まれ、変えられてゆく。

余すところもなく全てを。もう、大人の舌の形も体の熱さも、覚えてしまった。

「たい、さ」

ぐっと唇を噛み締め、侵入を拒む。これ以上はダメだ。もう、時間が立ちすぎた。

「苦しい」

「いいさ、苦しくて」

「ダメ、だ。人が」

「来たら止めてあげよう。安心して、任せていなさい」

優しい声色に紛れ込んでいるのは、強制。エドワードが拒むことを決して許さぬ、大人の欲。違う、そうじゃない。ダメだ。ダメなんだ。言葉にできずにもごもごとしていると、ちゅっと軽く唇を吸われた。

唾液でべたついた口周りを、舌で舐めとられる。皮膚の繊維の隙間まで埋め尽くしてくるような、ざらついた感触。耐えきれずぎゅっと瞼を閉じる。拒みたいのに、拒めない。エドワードのこの苦しさを、大人はきっと理解している。していながら、エドワードの退路を着々と塞いでいく。

これじゃあ、もう大人に抱きかかえられたまま、前に進んでいくしかないじゃないか。

後ろに続く道は、大人に全て焼き尽くされてしまったはずだ。振り向く余裕さえ、大人は与えてくれない。

 

ぎゅっと、強く抱きしめられる。肩口にうずめられた鼻先は首の線をなぞり、仰け反った喉ぼとけのあたりに吸い付いてきた。

くすぐったい舌の動きとは裏腹に、噛みつかれているような感覚。歯は立てられてなどいないはずなのに。細い首を唇で覆われ、息が詰まった。声を出せば最後、力の限り首の肉を裂いてくる大人の歯列を想像してかくりと膝が落ちる。

それは、恐怖だった。

大人に恐れを抱いたわけではない。 大人に喉を噛みちぎられる瞬間であっても、きっと大人を拒むことはできないだろう自分を思ってだ。 拒むどころか、今突き立てられているのはどの歯だとか、そんなことを思いながら散ってゆくに違いない。

余すところなく味わった大人の歯すら、愛おしい 大人の血肉になれることに歓喜すら覚えるだろう。だからこそわかっている、もう戻れないのだと。

大人に捕まったあの日から、こうなることはわかっていた。

「……はやく」

おちればいいのに。ぼそりと首にしみ込んできた小さな声に、体の力がほとんど抜けた。 けれど、大きな大人に支えられているため無様にしゃがみ込むことはしなかった。臀部に添えられた手のひらに下から掬うように抱えられ、かかとが少しだけ地面から浮いた。

少しだけ高くなった、目線の位置。それでも大人の肩にも届かない。エドワードの全体重を預けられても、大人はびくともしなかった。 そこには、圧倒的な体格差と、圧倒的な身長差があった。おちればいいなんてよく言えたものだ。もうとっくに、おちている。

大人がエドワードを支えている手を解いてしまえば、エドワードは簡単に地面に倒れ伏してしまうだろう。大人はそんなことしないという。するわけがないと。そんなことわからないのに。大人に捨てられたら、もうエドワードは立ち上がれないかもしれない 顔の見えない大人が、急に憎らしく思えた。悪魔だと思ったことはない、けれども、きっと大人は底なし沼だ。深い青の底が、見えなかった。

 

いつか、エドワードが大人よりも大きくなる日がくるのだろうか。

 

見上げるしかない黒い大人のつむじを、見下ろせる日がくるのだろうか。この身長差が埋められるぐらいになる頃には、この関係も少しは変わっているのだろうか。搾取され、奪われ、墜とされるだけではなく。しっかりと目線を合わせ、静かに微笑みあえる日がくるのだろうか。対等な関係を築けるように、なれるのだろうか
なりたかった。

 

なりたいと、大人に絡めとられた瞬間からずっと、願っている。

 

 

 

 

 

破れた靴底に潜む

 

 

そんなこと、大人はきっと望んじゃいないだろうけど。

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