「つきたいなぁ」
ぼそり、とした小さな声だったがやけにねっとりしていた。ついつい聞き返してしまうほどに。
「は? 何をですか、餅っすか」
「餅? 何を言ってるんだお前は」
「いや、それは大佐でしょうが。つきたいっつったら餅でしょ、あのブレダが前作ってくれた……東洋の」
「ああ……いや、そうか餅だな、ある意味では。柔らかくてぷりっとしていて、ずっと顔を埋めたくなるような」
やけに熱っぽいため息をつく上官に寒気がした。
「まてまてまて、なんの話っすか」
嫌な予感がして上官の視線の先を辿ってみると、そこでは金髪の少年が忙しそうに書類を整理し執務室を歩き回っている姿があった。ここにいる国軍大佐に命じられて手伝わされているのだ。彼を見ているのだろうか、ともう一度上官の視線を確認する。けれども微妙に目線が下のような……もう一度辿ってみれば、くっと上がった小ぶりな尻に行き着いた。エドワードの尻だった。まさか、と硬直して再び上官に視線を戻せば、予想通り上官の視線は僅かながら左右に揺れていた。エドワードの小さな尻の動きを追うように。
「うわ……」
引いた。かなり引いた。紛れもなく上官がガン見しているのは彼の部下であり後見人の15歳の少年のお尻だった。
「愛らしい餅だとは思わんかね少尉」
「い、いや~~~~」
そんなこと聞かれましても。というかクールな態度で何を言っているんだこの男は。両腕を組み司令官のように毅然としているくせに(実際司令官なのだが)、鋭く爛々とした目でふりふりと揺れる少年の尻をガン見する姿は恐怖でしかなかった。
「お前の目は節穴だな」
「節穴っていうか、いやぁ」
「めちゃくちゃに突いてやりたいな……なあ少尉、そろそろ食べごろだと思うか」
前々から甘やかしたりちょっとからかってみたりと妙な絡み方をしているなとは感じていたが、まさか性的対象だったとは。言われてみれば思い当たることも多々あったような。例えば、自分が少年を弟のように可愛がっていると鋭い視線が飛んで来たりとか。
「せ、せめてあと3年は待ってやってください……」
「長いな」
「上官が未成年に手を出した罪で捕まるとか地獄ですって」
ふっと細められた目は本気だった。これは証拠を隠滅しつつ、ありとあらゆる手を使って手に入れる気だ。こうなった上官は止められない。それはこの数年間で強く身に染みていることだった。
「つまみ食いするなよ。焼き餅になりたくはないだろう?」
「しませんよ!」
静かに擦り上げられた上官の指先についつい大きな声が出てしまって、件の少年が驚いたように振り向いた。なんでもないとへらりと手を振って見せる。上官はというと先ほどの真顔はどこへやら、いつも通りの薄っぺらい笑みを張りつけてエドワードに仕事を続けろと合図を送っていた。ウザそうに顔を顰められてもどこか嬉しそうだ。
「ハボック少尉」
「はい」
「──私のだぞ」
エドワードに、嵐のような一言が聞こえなかったことは幸いか。こうして部下に牽制したくなるほど、この上官に激しい嫉妬心があったとは。ハボックは煙草の火を消し、3年と待たずに食われるだろう哀れな獲物に心の中で十字を切った。