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「少しは美味しそうに咥えてみたらどうだ」

しゃべれないのをいいことに、頭上のクズは好き勝手な事を言ってくる。

「何度教え込んでもその程度なのだから、せめて表情ぐらいは作ったらどうかね」

表情?アンタの性器を咥えることができて嬉しいです美味しいもっとしゃぶりたいですありがとうございますとでも言えってか、ふざけんな。そんな腹が煮え立つような怒りを眼力に変えてやっても、男は動じなかった。それどころかいつも以上に不機嫌そうに目を細め、冷たい眼差しを落としてくる始末だ。クソ野郎が。

「……反抗する暇があったら口を動かせ」

促すように、ぐっと頭を掴まれ押し込まれる。口内でいっぱいになったでかブツに喉の奥を抉られ吐き気が込み上げ、たまらずおえっと咽れば男は静かに手を離した。慌てて顔を背ければぶるんと口から飛び出たそれが頬に当たる。生暖かく震える肉に頬を押し上げられる感触なんていいもんじゃないと身震いしていれば、髪を掴まれ透明な液体で濡れそぼった先端まで口を誘導された。さっさと咥えろ。聞こえない声が聞こえる。上からかかる圧力に仕方なく口を開く。と、躊躇なく浅く突っ込まれた。

「んっ、うう゛」

大きくなるまでは好きに口の中で動かされたほうがまだ楽なのに。顎が痛むまでしゃぶらなければならない行為は毎回苦行の一言に尽きる。男の痛いほどの視線に晒されることがまずきつい。それに、エイリアンのように赤黒く血管が脈打つどでかい性器舌をはわせ、口を大きくあけて吸い付かなければならない屈辱は相当だ。自分の意思で、男に奉仕をすることほど嫌なものはない。けれど、この黒い男―――ロイ・マスタングはエドワードにしゃぶらせるのを非常に好み、いつでもこの行為を要求してくる。生意気な子どもが必死になって性器に奉仕する様が楽しいのだろうが、こっちは子どもなのだからもう少し手加減してほしい。このままだと顎が外れたまま戻せなくなりそうな気さえする。

「……、んッ」

「いつまで呆けている気だ」

突っ込んできたままマスタングは動かない。クソが。何度目になるかわからない悪態を付き、込み上げる吐き気を気力で抑え込んでちゅるっと先端を吸う。途端に広がる苦い味。まずい。慣れた事とはいえまずいものはやはりまずい。15年と少し生きてきたが、これほどまでにまずいものは今まで口にしたことがない。それに、ゆるりとそそり立つそれは十二分に硬くて臭う。当たり前だ、ただでさえでかいのに蒸れる軍服に長時間収まっているのだ。しかも今は夏場。軍人として縦横無尽に働くマスタングの体臭と汗と蒸れですさまじい臭いを放っている。いつもいつも、する前はせめて洗って欲しいと頼むのだがマスタングが聞いてくれたためしはない。それどころか用を足した直後にしゃぶらせようとしてくる時すらある。尿臭くてかなわなかった。こんな奴の老後を世話する相手が可哀想だ。本当に、こいつは正真正銘の最低クソ野郎だ。

「ん、むぅ」

 

長い時間をかければかけるほど最終的に焦れた男に突っ込まれ、喉奥を好き勝手に使われてゲロってしまうのは目に見えている。諦めて、教えこまされた通りに舌を大きな肉棒にはわせスクリューのようにかきまわす。こうされるのがマスタングは好きらしく、ほっと熱い吐息が頭上に落とされた。その吐息ごと避けてやりたい。

「んっ、んンん……ふ、はッ」

 

マスタングが好む愛撫の仕方はもう知り尽くしている。嫌がおうにも覚えた。

わざと、ゆっくり固くなった性器をじわじわと引き抜き、ちゅぽんと音を立てて口腔から取り出してやる。むわっと広がってきた青臭い臭いに鼻を膨らませ、唾液まみれで赤黒く勃起した性器に舌を這わせ、下から上へ狗のように舐めとる。びくびくと痙攣するおおきな異物をべろべろと舐め回し、だらだらと零れる透明な雫を追いかける。熱い液体を噴水のように溢れ出させる先端にしゃぶりつき舌で皮を剥き、その中のカスまで残さず舐めとる。根本で放出を待っている我慢汁を絞りだすように指で扱けば、先端からさらに液体が染みだした。回数をわけてそれを飲み下し、手の動きを早める。と同時に、肉の形にそうように口をすぼめ、頭を動かしじゅぼじゅぼと抽入を繰り返す。ちらりと見上げれば、頬をわずかに赤く染めたマスタングの顔があった。興奮を体現した、情欲に濡れ黒光りする瞳。なにかの虫のようだ。気持ち悪い、心底そう思いながらも、頭を激しく動かす。はやくマスタングの機嫌を上げて、さっさと終わらせたい。帰りたい。今日のように旅の邪魔をされるのもこれっきりにして貰いたいものだ。

「んっんっ、ん゛ッ、んっ」

甘く必死な声と、激しい息遣いと大きな濡れた音。オプションで喉を苦しげに低く唸らせてやれば、案の定先程よりも熱い吐息が頭部にかかった。こわごわと伸びてきたマスタングの手のひらが視界に入る。気が付かないふりをして硬い肉棒にむしゃぶり続けると、そっと、大きな手のひらが髪に添えられた。

触るなと怒鳴ってやりたくなるのを堪えて、機嫌を損なわせないようわざと手のひらに擦り寄せるように頭を動す。案の定、はっと息を詰まらせたマスタングがこくりと唾を飲んだ。たったこれだけの事でも、マスタングの眉間の皺が少し和らいだのが見える。どうせ、例え偶然だとしてもすり寄って貰えて嬉しいだの愛しいだの、バカな事を考えているのだろう。扱いやすくて結構だ。

「は、ぁ……鋼の」

この男に恋心を抱かれていたことなんて、最初から気が付いていた。でなければ、商売女を使えばいいだけの話なのに、好きでもない14も年下の子どもにフェラチオなんて強制しないだろう。弟との旅の途中、司令部に立ち寄るたびに背中に突き刺さってくる熱い視線に嫌な予感はしていた。だが、さすがにマスタングも大人だ。しかも職業軍人で国軍大佐という年齢にしては高い地位も持っている。妙な事はしてこないだろうと高をくくっていたのだがそれがまずかった。あの悪夢の日、男がいつも以上に挙動不審だったことにもっと注意を払っておけばよかった。そうすれば、いつものように二人きりの部屋で報告書にサインをしてもらっていた時、ソファに押し倒されキスなんかされなかったのかもしれないのに。緊張に強張っている男の顔も見上げなくてもすんだし、冷たく口角を上げ、蔑むような表情を必死に貼り付けた男に「弟の命と自分の体のどちらを取る」だなんて脅されなかったかもしれないのに。最悪だ。手に入らないのであれば無理矢理にでも手に入れようと自分勝手な決意を固めたマスタングは悲壮だが、本気の目をしていた。拒めば、本気で弟に危害を加えるつもりだと。

歪んだ恋心を拗らせ、思いつめてしまったマスタングを甘く見ていた。

見て見ぬふりをしてきた自分も悪い。けれども、先に無理だからと予防線を張ったところでうまい事かわせていたかは甚だ疑問だ。マスタングのあの、舐めるような熱い視線。拒めば、マスタングは今と同様の強硬手段に出ていたかもしれない。むしろ、その可能性の方が高かっただろう。なにせ好きな相手を手に入れるために権力に物を言わせて束縛してくるような輩だ。きっと、初めからこの男から逃れる術なんてなかった。出会わなければよかったなんてそんな陳腐な恋愛小説の台詞を模倣するわけではないけれど。捕まってしまったことが運のつきだった。

「鋼の、いい、ぞ……」

自分の最優先事項は弟の身体を元に戻すこと。それ以外の事なんかに目を向ける余裕はない。決して、マスタングに恋心を抱けなかったわけではない。抱かないのだ。恋はしない。している暇などない。恋などしている時間があったらもとに戻る方法を考える。だから可哀想だとは思う。こんなことでしか想い人を繋ぎ止めて置けない大人も、好きになってやれない自分も、好きになってもらえないマスタングも。

「鋼の、……エドワード」

けれど、同情で今までされた事を許してやろうと思えるほど寛容ではない。

超えて欲しくない一線は、沢山ある。

「っ、……」

始めて聞いた耳障りな男の台詞に、口から棒を引き抜き睨み付ける。

ぺっと口内に残った苦みを吐き出し、口元を拭った。

「―――名前で呼ぶな」

鋭い一言を、吐き捨てる。一瞬にして、しんと空気が冷えた。

「……はは、」

零れ落ちてくるのは渇いた笑み。今の言葉がマスタングの逆鱗に触れるであろうことは重々承知していた。

それでも、これは譲れない部分だった。温かな母親に呼ばれていた自分の名前を、こんな男に呼ばれたくない。いつもいつも、好き勝手に身体を弄ばれて。今日のように旅先で捕まって、こんな衛生もよくなさそうな宿に連れこまれることだってざらじゃない。こうやって、もう何度も自分の進むべき道を邪魔されてきた。自分の心の中にまで入り込んでこようとすることは、絶対に赦したくない。

「いつもそうだな、君は」

落ちた空気を払拭するように再び咥えこむが、がっと頭を掴まれ動けなくなった。さきほどの慈しむような甘さは立ち消え、射殺すような瞳に見下ろされる。マスタングが口角を吊り上げてゆくにつれ、頭を抑えてくる力も増した。ぐぐぐっと押し込まれ、せりあがってくる酸っぱいものを必死に飲み込みながら、苦しいとマスタングの軍服の裾を握りしめても力は緩みもしなかった。

「君を見てると本当に腹が立つ。それともわざとやっているのか?」

 

わざとではない。譲れないところがあるだけだ。身体は好きにさせる。それしか逃れる術がないから。けれども心は別だ。マスタングに好意を向けられてもどうすることもできない。気持ちに答えたくなどないし、答えられない。だから、見え透いた情愛を傾けてほしくなかった。愛してほしいと、懇願されるなんてまっぴらごめんだ。

「痛めつけられたいのか?君も相当のすきものだな」

くっと喉を鳴らした男の視線は冷たい。黒い瞳には、大嫌いな昏い焔が灯りだしていた。そこに映る自分の姿さえも真っ黒に塗りつぶされてゆく。

 

「……そんなに私が嫌いか」

 

がつん、と今まで以上に勢いをつけて腰を打ちこまれ、目の裏が点滅した。

「んご、ぅこ゛、ンッ……!」

ぶほっと、みっともない声が漏れた。苦しい。喉奥でビクビクと脈打つ異物に何度も波のように胃液が込み上げる。視界が暗い。鼻の下が冷たい。せり上がった何かが鼻から漏れてしまった。それは唾液なのか自身の胃袋にあったものなのか、口内に溜まった男の汁なのか見当もつかないが、もしかしたら全てなのかもしれない。きっと今自分は、すごい顔をしている。。

「喉の奥で絞れ。どうした、舌の使い方がおざなりだぞ。ちゃんと咥えろ」

ずん、とさらに突かれ、がぼがぼと痰が詰まったかのような咳が漏れた。息ができない、もう耐えられない。どんどんとマスタングの腰を叩けば少しだけ手が離れた。急いで体を引けばわずかな隙間から呼吸ができたが、頭はゆるく抑えられたままだ。口から異物を抜き取ることもできずに、鼻をすすり、必死に空気をすって吐く。

「は、はぁ、あ゛……」

「はやくしろ、休んでる暇などないのだろう?」

「ぅ、ぅ゛」

「今日中に街を偵察したいと言っていたのは君だろう、鋼の。それとも、明日の朝まで私の遊びに付き合うか?この前は随分と楽しめが」

今日はどうだろうか、なんて妖しく笑う男の目は冷たいままだ。マスタングの言う遊び。以前家に連れ込まれた時に遊びと称されいたぶられ散々な目にあった。激しい快楽に身も狂いそうだった。あんな経験は二度とごめんだ。

今日はやらなければならないことが沢山ある。喉の奥を使うのは苦しいし死ぬほど嫌だ。いつもならマスタングと会う時は何も食べていかないけれど、今日はまさか出会うとは思っていなかったため元気に昼食も食べてきてしまった。もしかすると吐き出してしまうかもしれない。けれど、今は冷たい命令に従順に従うしかほかはない。

目を瞑って呼吸を整えてから、男の腰に縋りつき腹部に力を入れて喉奥を広げる。歌う直前の歌手にでもなった気分だが、その実態は性器を喉奥まで咥えこむための前準備でしかない。こうでもしないと、いつも全部入らないのだ。喉に力を入れたまま、ゆっくりと奥に棒を誘っていく。狭まった部分に異物が入り込んでくる苦しさは何度経験しても慣れないが、ここを過ぎればあとは多少なりとも楽になる、はずだ。嘔吐感に何度も咽ながら、頑張れ、と自分に言い聞かせ無理矢理ねじ込ませてゆく。長い時間をかけ、やっと、とんと鼻先が男の股に当たった。

「ん゛ぉ……ぅ、ゥ゛」

目が、裏返りそうだった。ころりと水滴が頬を伝う。マスタングの黒い毛が鼻を掠め、口の周りにあたってチクチクと痛い。けれど、そんなことも気にならないほど口の中がいっぱいいっぱいだ。喉の奥のさらに奥で、熱い塊が脈動し無遠慮に口の中を犯している。びくびくと男の熱がうねるたび喉に擦れて痛い。あまりの苦しさと嘔吐感に目があげられない。あとは機械的に動かして舐めて絞って口の中で射精させてやるだけなのだが、なかなかそれができなかった。

 

「ぉ゛……ぉ」

すっと髪をすかれたのがわかった。恐る恐る、と静かに触れてきた指先。瞼を下げていても上からの視線を感じる。どうせいつものように、死に物狂いで肉棒を咥えこむエドワードを見つめているのだろう。静かな黒い瞳に、悦楽と苦みが混じりあったような色を含ませて。

こんな酷い事を強いてきても、マスタングはちっとも楽しそうじゃない。処女膜をぶちやぶってきた時だって、嬉しそうな顔は一瞬だけだった。あとは、痛みに呻く自分を見下ろして苦しそうに眉をよせるだけ。そう、マスタングはいつも苦しそうだった。

マスタングが彼自身の欲望をかなえれば叶えるほど、この男はつらそうだった。好きな相手が苦しむのを見たくないのならこんなことやめればいいのに。どう足掻いても止められない大人が哀れでしょうがない。

「そのまま頭を動かせ、はやくしろ」

止めてしまえば、エドワードを手に入ることは二度とできないということをマスタングはよく理解していた。だからこそ、今のようにわざとらしほどの冷たさを普段の声に乗せるのだ。その証拠に、はやくしろと言っているわりにはエドワードが慣れるのを根気強くまっている。こういうところが本当に、大嫌いだと思う。

仮にマスタングに解放され、今まですまなかったもうしないと謝られたとしても、男を哀れみこそすれ好きになってやるつもりは毛頭ない。好きになんてなれない。なれるはずがない。死ぬまで嫌い続ける。その存在すら、思考の全てから消し去ろうとするかもしれない。

きっと今が、マスタングとエドワードの生が交わる最初で最後の時だ。

こんな関係、いつかは終わる。いつになるかはわからないが必ず終わる。終わらせたくない大人と終わらせたい子どもの交わらない平行線なんて、いつまでも続くはずがない。平行線なのだから、何度も追いつき手を伸ばしたってきっと届かない。そのうちどちらかが消え失せるに決まってる。

決して交わることはなく、いつか全てが終わる。先に崖から堕ちてゆくのはどちらだろうか。

「ん……」

こくりと、唾を飲み込む。とてつもない異物感にやっと喉が慣れてきた。ずるりと抜いて、また入れる。まだ苦しいがなんとかなりそうだ。ゆっくりと、ゆるいストロークを開始する。

「ふ、ふ゛……ぉ゛ッ、ぉ」

咽頭部分を肉の先で抉られるたびに、瞼が引き攣った。何度もえづきながらそれでも動きは止めない。これ以上マスタングの機嫌を損ねて、宿に帰して貰えないなんてことになれば最悪だ。この町にはいい情報が沢山あったし、弟と二人で奔走しなければならないのだ。未来のために。マスタングなんかにかまけている時間など微塵たりともない。マスタングもそれをわかっているから、エドワードと少しでも時間を持ちたいとここに引きずりこんだのだろうが。

「そうだ、絞って……ん、舌も動かせ、怠けるなよ」

高圧的な台詞に、艶が混じる。口の中のものも、始めにくらべてだいぶ大きくなっている。頭上に落ちてくる生暖かい吐息も荒い。頭をカコカコと前後に動かし、命令された通りに喉で男の性器を絞る。溢れる液体の量も多くなり、苦みも臭いもました。もう少しで終わりそうだ。頭を左右に振って射精を促す。マスタングの手のひらが頭部にそえられた。頃合いを見計らって何度がじゅぅうっと吸い付けば、頭部に添えられた手に力がこもる。やわらかく噛み、歯と舌で刺激しながら引き抜き、先端部分を咥え舌を這わせながらマスタングを見上げれば、ぅっと小さく唸った男がエドワードの頭を腰に強く押し付けていきた。ぐんっと反り返った口内の肉。と同時に、びゅくびゅくっと勢いよくぶちまけられた冷たい液体。

「~~~~ッ、ッ」

目を剥いて、一番肌が粟立つ瞬間を受け入れる。冷たく熱い飛沫は感覚をあけて放出を繰り返し、口の中を耐えがたい青臭さでいっぱいにしてゆく。男が作り出した遺伝子に口の中を汚されてゆく感覚に身震いする。この精液を子宮に注いでほしいと望む女は何人いるのだろうか。きっとかなり多いはずだ。こんなガキに注ぎ込むくらいなら、いっそのことその中の誰かでも孕ませて解放してほしい。マスタングはそんなへま、絶対にしないだろうけど。

「っは、ぁ……」

 

腰をひとしきり痙攣させ、全て出しきったマスタングは身体を弛緩させ、詰めていた息を吐き出した。ぶちまけたことでだいぶすっきりしたのか、緩慢な動作ではあるがそろそろと頭から離れてゆく手のひらはどこか不安げに思えてそれになおさら腹が立つ。しっかり飲み込もうとしたのだが気管に入ってしまい、激しく咳き込みながら床に崩れ落ちる。が、下を向いた途端戻しそうになって口を覆い上を向く。視界に、下を向いた男の性器がバカみたいにぶらさがっているのが入ってきた。あんなひしゃげたものに今の今まで苦しめられていたのかと思うと、バカらしくてやっていられない。こんな愚かな男にいいように振り回されている悔しさに怒りを通り越して笑いが込み上げてきた。

本当に哀れだ。マスタングも自分も。せいぜい嫌がって、それでも逆らえぬと従順になって、そして耐えがたくなれば反抗して。男の贖罪の念を煽ることだけしかできない自分が。バカな男だと、鼻で笑い飛ばしてやれればどれほど楽だろう。

「ぜんぶ、飲んだか」

バツが悪そうに、それでも必死に冷たい言葉を使おうと躍起になる男に失笑が漏れる。

大丈夫か、なんて聞こえない男の声が聞こえてきそうで、エドワードは再び下を向いた。視界の全てから、マスタングを消し去るために。

「おい」

マスタングを無視し、口元を拭う。

 

「……おい」

「うるっせえな、飲んだよ。見りゃわかんだろ、飲まなきゃアンタ怒るじゃん」

 

無視をされたことが癇に障ったらしい男に吐き捨てる。

 

「っていうか、はやくそれしまえよ。目障り」

しゃがれた声で嘲るように口角を上げてやれば、ますますマスタングはバツが悪くなったのかゆっくりとそれをしまい始めた。何をやっているのだろう。熱病のような熱さは事が済んでしまえばお互いに冷える。もうすぐで夕方だというのに、こんな安い宿で、マスタングは壁に寄り掛かったまま、みっともなく萎えた性器をしまい込んで、自分はそんな男の股の間で口を拭っている。本当に、何をやっているのだろう二人して。今テロにでも襲撃されこの安宿が爆破でもされたらマスタングなんて下半身を丸出しにしたまま死ぬかもしれない。そうすれば全てが終わるのだろうがきっと確率は低いし、そんな哀れな死にざまをされればマスタングの部下達にも迷惑がかかる。それに自分も、軍の中での最大の庇護を失い今まで通り動けなくなる。なんだかんだ言いながらマスタングはいい情報があればすぐにまわしてくるのだ。どれも空振りに終わっているが、それが適当な情報ではないことくらいはわかる。そんな見え透いたご機嫌取りに大佐は親切だねなんて首を傾ける弟にわざとらしくふてくされることしかできない。惨めにの垂れ死んでほしいと思う気持ちが、現状についていかない。蔑むなら蔑み、いたぶるならいたぶればいいものを、マスタングは行動のどこかしらに、好いてほしい、気にしてほしいという願望を見え隠れさせる。そんな伺うような視線すら煩わしい。傷つけようとするのならばせめて、それ以上でもそれ以下でもなくなってくれ。両方の感情をぶつけられて平気でいられるほど、できた人間じゃない。

「ふん……少しは美味しそうな顔をしてみせたらどうだ」

ジッパーを上げたマスタングが、せせら笑うように吐き捨てた。顔ね、顔。アンタの性器を咥えることができて嬉しいです美味しい飲ませてくれてありがとうございますとでも言えってか。バカらしい。諦めたような怒りを眼力に変えてやっても、男は動じなかった。それどころか、睨まれ目線があったことに悦びを見出したのか、少しだけ目を細めた。いじわるを言ってこっち見て貰いたいだなんて子どもにも程がある。本当にこいつは、タチが悪くて気持ちの悪いクソ野郎だ。

「はっ」

何もかもが交わらない。脅迫したものとされたもの生が。

交わることのない道はどこまでも続いてゆく。終わりが始まるまでずっと。

 

 

 

「犬のしょんべん飲んだほうがまだまし」

 

平行線上モラトリアム

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