埋葬迷走
君をどこに埋めよう。陽当たりのいいあそこだろうか。
小さな小さな私の家の庭の、ちょうど真ん中あたり。
私の家は車の通りが多くない場所にあるから空気も綺麗だし、庭にはさんさんとした太陽の光が柔らかく差し込んで気分がいいよ。きっとあの場所なら、君でも気に入るだろう。
太陽が陰っている日のために、土も、保温性が強いものに変える予定だし、いい感じだ。
すぐそばに花壇もあるから水は欠かさないし、きっと喉も渇くこともないだろう。
君を、どこに埋めよう。やはり、私の庭の、端のほうか。
仕事が忙しい時はたまに水やりを忘れて花を枯らしてしまうこともあるけれど、そんなに頻繁でもない。
残業が残って家に帰れない日はだいたい月に3日ほどだ。
でも、君をそこに埋めることができるのであれば、なるべくはやく帰ってくるよ。
サボらないように努力する。真面目に働くとも。遅い!と君に怒られ、泣かれてしまうのは嫌だからね。
ああ、食べ物?家庭菜園でも始める予定だから安心したまえ。
君を埋める頃には、綺麗で立派なトマトが色づいているよ。
君を、どこに埋めようか。ベランダの側の、あそこもいいな。
あそこはね、月が綺麗に見える場所なんだ。
それはもう、月と同じくらい目を丸くして見上げてしまうほどにね。
土の表面を、天上まで上がった月が見降ろしていて、濡れたように地面が光りとても幻想的な光景さ。
街外れにある一軒家の利点だ。遮る明かりがない。
私は、仕事を遅く終え帰って来た時、よくベランダに出て輝く月を眺めたりするんだ。
そうすると不思議と、疲れが取れる。
嘘だって?本当だとも。きっと、月には不思議な力がある。
ロマンチストだと、笑うかい?科学者にあるまじき発言だなんて、そんな無粋なことは言わないでくれたまえ。
部下に叱られたこと、テロリストを炭にしたこと、年は取ってるクセに頭の弱い老害権力者共の嫌味に青筋を立てたこと、その日あった嫌なことが、月を見つめているだけで一瞬でも忘れられる。
その時に君も、私と一緒に月を見上げてくれるのなら最高だ。幸せだ。
だから、だから早く君を埋めたい。私の庭のどこかに。
そうすれば、もう君と離れることはない。きっと毎日が色づくはずさ。
「アホか!アンタに埋められるなんて死んでもごめんだ!」
「だが私は、君を埋めたい」
「てめえの脳みそには何がつまってんだ」
「鋼のがつまっている」
「いうに事欠いてそれか無能」
「君が好きだ君の傍にいたいだから君を埋めた」
「アンタの思考回路がぶっ飛んでんのはよ~~~~くわかった」
「私は本気だぞ」
「だろーな!本気で言ってるから手に負えねえっつってんだよ!っつーか埋められたら直ぐ死ぬだろうが。オレはアルを残して死ねないし死なない、アンタもこのまま放っておけねえ。だからそのでかいシャベルを降ろせ!!せっかく庭仕事手伝ってやってんだからいい加減土掘り返すことに集中しろ......あっ芋虫」
もう、何年前のことになるのだろうか。
なんだかんだと言いながら、自宅の庭の手入れを手伝ってくれた君。
眩い黄金色の髪を無造作に結わえ、蜂蜜色の瞳を輝かせながら。
その蜂蜜色が、今は閉じられた瞼の下にある。
「.......あんなことを、言っていたくせに」
機械鎧も壊れてまともに動けなかったくせに、無茶をした理由は。
瓦礫の中、小さな子どもを助けるためだったと聞いている。
───できあがった家庭菜園場に満足げに領き、大佐が家庭菜園なんて似合わないと、 歯をむき出しにして笑った君が眩しくて、私はあの時余計に君を埋めたくなった。
君を、愛しい君の姿を、誰にも見せたくなくて。私だけのものにしたくて。
昏い土の中に押し込めてしまいたくて しょうがなかった。
でも、そんなことをすればもう二度と抱きしめ合えないと、教えてくれたのが、君だった。
何年もかけて私のねじ曲がった思考を叩き治し、この無能と、土から這い出る多くの腕に疎む私の手を 引っ張り導いてくれたのが君だった。
───なあ、鋼の。
君をどこに埋めようか。
陽当たりのいい庭の真ん中か、菜園を作った、庭の端か。
それとも、月の綺麗なベランダの傍か。
土に汚れた頬に、水滴が落ちる。
凍ってしまうと思った。腕の中に抱いた小さな体が、あまりにも冷たいものだから。
けれども雫は凍らず、愛しい子どもの頬を伝い、青色に変色した唇に染みついた。
もう震えもせぬ子どもの唇を、なぞる。
いつものように開いてくれないから、深いキスができない。
そっと、触れる。
塩の味と、土の味。
ああ、変だな。あの時は確かに、君を土の中へ埋めてしまいたいと思っていたのに。今は。
「鋼、の」
どうやら、私はあの時から、随分と成長したらしい。
寂しかった庭を、明るくしてくれた君を。
ベランダに座り、共に月を見上げてくれた君を、弱い私を愛してくれた、私に愛を、教えてくれた、君を。
「.........どこにも、埋めたくないよ」
そう思えるように、なったのだから。
埋めて葬って迷って走れない