「今から君を抱こうと思うんだ、君は私の小鳥だから」
そう呟いた男に殴られた。
啼いた
ナイチンゲールは
さよなきどり。
「痛むかい」
ざらついた手袋の質感。心の底から労わるように、優しく頬を撫ぜられて眩暈を起こしそうになった。
いつもであれば驚きながらも有り難く受け入れたであろうその行動は今のこの状況においては常軌を逸しているようにしか思えない。
「私を拒むからだよ」
まるで、聞き分けのない子どもに言い聞かせるように男が目を細める。
その手は依然としてエドワードの頬に添えられたままだ。男の真っ黒な瞳と、頬を蠢くその感触が恐ろしくて身体をひこうと思っても、今横たえられているのは床の上だ。せいぜい小さく首を振って逃れることぐらいしかできない。
それでも、そんなエドワードの小さな抵抗すらもお気に召さなかったらしい男はエドワードの足をもっと開かせ、さらにぐっと腰を推し進めてきた。
でかい異物に内蔵を圧迫されて喉から引き絞るような悲鳴がほとばしる。だが、声は小さい。
もう散々悲鳴を上げたせいで、喉も枯れてしまった。それでも男は綺麗と言った。
「あぁ、綺麗な声だ……」
腫れた頬を撫ぜながら。腰をガツガツと打ち付けながら。
うっそりと微笑む男はやはり恐ろしかった。今まで見てきたどんな大人よりも。
「私はね、ナイチンゲールが大好きなんだ。知ってるかい?ナイチンゲール。とても綺麗な声で鳴く鳥なんだ。夕暮れ後や夜明け前によく通る声でなく。羽毛は褐色でね、尻尾は少し赤くて、下部は金色がかった白で」
殴られて紫色になった頬をぐっと冷たい床に押し付けられ、ぐりぐりと擦りつけられる。
痛い。声を上げろとの無言かつ強制的な暴虐に屈することは簡単だ、今のエドワードにとっては。
醜い蛙が革靴によってめりめり押し潰されていくようなダミ声。小さな生き物は膨大な力にどうすることもできず屈服するのみ。男は綺麗と微笑んだ。
「かつての戦場で聞いた時も綺麗だなと思ったんだ。あれは、君に似てるよ。君だって赤いコートを着てるし金色だ。君が髪を風にたなびかせコートを翻して元気に走ってる姿を見た時にわかったんだ。理解したんだ。私には君しかいないって。なぁ聞いているかい、聞こえてる?」
腰を穿たれながら、耳を千切れんばかりにひっぱり上げられて唾液と共に熱い吐息を落とされる。
ぞっと粟立つ肌に男は気が付かない。男はずっとエドワードの瞳を見ていた。
エドワードがいくら顔を背けようとも執拗に。男は綺麗とエドワードの眼球を舐めた。
「ナイチンゲールはどこかの国ではサヨナキドリ、と言うらしい。たしか東の国だったかな。可愛らしい響きだとは思わないかい、サヨナキドリ。ああ、ちなみに彼等は卵を7~8個産むらしい。だから、君ももしかしたら、頑張れば……」
ふと男がぐいぐいと腹を押してきた。ゴツい大人の手に腹部を容赦なく圧迫されて胃液がせり上がってくる。
もしや、卵が産めるのか確認しているのだろうか。バカじゃないのか。女の胎も持たぬこの腹の中には臓器と排泄物とその他諸々の諸々しか入ってないというのに。
いいからその腐った手をどけやがれ。そう罵声を浴びせてやりたいのに口から零れるのはひしゃげたような嗚咽のみ。
ああ、いやだな。ろくに抵抗することもできず男の暴行にびくびくと白目を剥いて反応をしていれば、硬いばかりで柔らかさの欠片もない腹に苛立ったのか男が拳を落としてきた。
がつん。
「なんだこの腹は、固すぎる」
がん、がん、がん。
「これでは、私の子が産めないではないか」
がん、がん、がん、がん、がん。白かった皮膚があっという間に赤く色づいた。
たぶんそのうち青くなって紫になる。叩けば柔らかくなるとでも思っているのか男の手は止まらない。同性に犯されながら腹筋をぶん殴られるなんてどんな冗談だ。
笑い話にもなりゃしない。夢であってほしかったのに、残念ながら与えられる痛みはもちろん本物だ。
そして目の前で爛々と目を輝かせ苛んでくる男も、エドワードがよく知る男で。
「君は私の小鳥なんだから、私の子を産まなければならないんだよ。そう決まってるのに、それなのに。もしかして……もしかして君、何も孕めないとでも言うんじゃないだろうね」
その通りだ。何も孕めないし産めない。だって男だから。
種を植え付けることはできても子をこの身に宿すことはできない。男だってそれは重々承知しているはずだ。
男が無遠慮に突き入れ掻き回している穴は立派な排泄器官だし、なによりエドワードの下半身には男であることの象徴だってついてる。
小ぶりなエドワードの男根は残念ながら狂った男に握りしめられ可哀想なほどにぺしゃんこになっているが、実際握りしめているわけだし気が付いていないわけがない。
男だって、エドワードと同じものがついているはずなのに。なんで気が付かないんだ。どうして理解しないんだ。頭おかしいんじゃないのか、いや、おかしい。
男の脳内は今制御不能な何かによって破壊されている。
壊れかけているからこそここで、はい産めませんと言うのは憚られた。
これ以上殴られたくないし、なによりこの言葉を言ってしまえば男は逆上するだろう。
ありがたい事に男が常に身に着けているだろう発火布は見あたらないが、どうしてか男の側にはナイフがあった。ころんと一つ。なんでだ、と思ったらそういえばエドワードがさっきまで持っていたものであることを思いだした。
機械鎧の手足を取られてパニックになって机の上にあったそれを手に取ったところまでは覚えている。投げ捨てられているということはそういうことなのだろう。
軍人のわりには細身のくせに、意外と体術に優れているとは何事だ。詐欺だ。
くそ、くそ、ケツが痛い。抉られ過ぎて感覚がない。殴られている腹も痛い。
「なぜ答えない、産めないのか?」
ナイフの向こうにはエドワードにさっきまでついていた機械の手足もある。
「産めないのか、私の子どもを?本当に?じゃあなぜ君は生きているんだ」
エドワードがどうにか男から逃げ切るまでは。
男の望む答えを口に出さなくてはならない。
「う……める゛よ」
男の手が止まった。
「うめる、から゛」
「根拠は?」
根拠?そんなものあるわけない。でも何か言わなければ何か。
ああ、男の手がエドワードの腹から離れて床に伸びる。切れ味の悪そうなナイフに向かって伸ばされてゆく白い指。
やばい。このままだと刺される。あの汚いナイフで体じゅう滅多刺しにされる。
子どもを産まない腹なんていらないと。今の男ならやりかねない。
きっと、絶対に躊躇なんかしない。するはずがない。ああ、どうしよう、ああ、ああ、ああ。
「だっ、て゛」
狭まった気道から声を絞り出す。こんなガラガラに枯れた声なのに、なんで。
「オレ、ナイチンゲールだ、か゛ら、アンタ、の゛」
「やっぱり!」
嬉しそうに笑った男はナイフを放り投げ、再び中を掻き回してきた。
明日には産まれるかななんて微笑む男に虫唾しか走らない。ちゅっちゅっと男らしく割れた腹筋に口付ける男のつむじに唾を吐きかけてやりたい。でももうそんなことする余裕も体力もない。
旅のために鍛えに鍛えてきた体を、こんなわけのわからない狂人に蹂躙されることになるなんて。
「確認しようと思ったけど、君が言うんだから本当だな」
腹の臍の穴に指を入れられぐりぐりと浅く中を穿られる。
出てきたカスを舐めしゃぶる恐ろしい男のいう「確認」の意味はわかる。ナイフが投げられた今、今直ぐに腹を掻っ捌かれることはないだろうけど。たぶん。
執拗に奥を抉ってくる男が小刻みに腰を揺すり始めた。今まで以上に荒い息。
あっという間に高みに上り詰めた男に何度目になるかわからない液体を中に出され、傷ついた内部に染みてゆくそれに呻く暇もないまままた始まる律動。
孕め、孕むんだ、孕め、私の。孕め、鳴け、囀れ、孕め、孕め、鳴け。
耳元で囁かれる睦言のような言葉に目を瞑る。と、低い体温に喉元を締め付けてられ目を見開いた。
ぎりぎりと食い込む爪に強く圧迫され呼吸を止められる。込められていく力に口の端から唾液が伝った。
「鳴け」
たった一言。間近に迫った黒い瞳に、条件反射のように「ピィー」と呼気を震わす。
絞られた喉のおかげか今までに比べて一番まともな真似事ができた。一度だけでは足りないと思って何度も必死になって囀れば、男は満足したのか首から手を離し愛おしげに唇を重ねてきた。
「綺麗な声だ……」
小鳥のように何度も唇を啄まれ、入り込んできた舌に唾液を絡め取られすすられる。
体内の臓器ごとすべて吸い出されるような悪寒に、どうすることもできず再び瞼を降ろした。きっといつかエドワードは、ロイ・マスタングに殺される。確実に。
国家資格をとった。前を向いて生きていくために。
でも、この男と出会ったこと自体が、エドワードにとっては死、そのものだったらしい。
今更そんなことに気が付いたって、もう何もかもが遅いけれど。