top of page

「なあ、ハボック少尉」
「うん?」
「タバコってうまいの?」
「なんだ興味あるお年頃か?」
「ちげえよ、ただ苦いなって思って」
「苦い?」
「……あっ」
「……」
「……ぅ」
「吸ったのか」
「す、っては、いない」
「……」
「……」
「ダメだぞ大将」
「ばっ……ちげえよ!」
「今苦いって言ったよな、吸ったんだろ?」
「だから、それは」
「それは?」
「それ、は……」
「大人の階段昇るにはまだ早えぞ。あと煙草は体に悪いから背も伸びなくなるかもしれ」
「小さい言うな! わかってんだよ危ないってことぐらい!」

 

顔を真っ赤に染め上げながら、ずかずかと去ってゆく赤いコートを眺める。
はてさてどうしたのかと、ハボックは燻らせた紫煙を視界に入れた。

それにしてもあの歳で煙草を経験してしまうとは、おおかた旅の最中にどこかの田舎の酒場で進められて口にしたのだろうが、以外だ。
あのちびっこい背もついに成長が止まってしまうな……などと本人が聞いていたら怒髪天を貫きそうな事を考えながら、小さくて弟のように可愛がっていた少年が大人の階段を昇ってしまったことに一抹の寂しさを感じて悶々としていれば、ふいに数日前に、上官が珍しく煙草を吸っていた光景を思い出した。

あれは確か、昼休憩の合間だった。

女性軍人達の熱い視線をものともせず、少し気だるげな様子で壁に寄り掛かり、木漏れ日の中で伏し目がちに煙を燻らせる様はとても絵になっていて、珍しい事もあるものだと声をかけたのだ。

腹が立つほど似合ってますね、と、他の上官であれば不敬罪でしょっぴかれるようなことを言ってやれば、にやりと笑った歳若い上官は上機嫌な様子で煙草をふかしてみせた。
珍しいですね、どうしたんです? 何気なくそう問えばぽつりと一言。可愛いからな、とよくわからない返答が返ってきた。

可愛い。煙草が可愛いだなんて相変わらず妙なことを言うものだ、とその時は大して気にしていなかったのだが、そういえばあの後すぐに金色の子どもが司令部に定期報告に来た。
あらかじめ来訪の連絡を受けていたマスタング大佐は、煙草の残り香を纏わりつかせたまま少年を個別に迎え入れ。
それで、確か帰り際、手洗い場で口をゆすぐ少年を見かけて。今思えば、耳がほんのり赤らんでいたような。

一瞬、危険信号が走った。脊髄からだ。

──わかってんだよ危ないってことぐらい。

顔を茹蛸のようにしてそう叫んだ少年の顔が脳裏にちらつく。
危ない、煙草が? それとも煙草じゃない何かが? それとも、誰かが?
もやっとした何かいけないものが浮かび上がりそうで、ハボックは黙ってタバコの火を消した。
人はこれを、退避と呼ぶのかも、しれない。

 

 


メーデーメーデー。
大人の階段は誰の手で。

bottom of page