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よると蜜

「ぅん……っ」
 ゆさ、と内部を抉られて声が漏れた、が、自分の色に満ちた声がそもそも好きではないため、固い指を噛み声を抑える。最初は外すようにやんわり懇願されていたが、頑なにエドワードが指を噛もうとするのを止めないので、最近は諦めたのかエドワードの好きにさせてくれている。
 だって、自分の、衣服一つ身に着けていないあられもない姿を眼前に晒され、その上とんでもない所をとんでもないもので突かれ、暴かれているのだ。
何度触れ合ったって、恥ずかしいことこの上ないに決まっている。
「あ……ふぅっ」
「鋼の」
 甘く、とろけるように痺れる低音に腰がぞくぞくする。声が漏れそうになるのを抑えながら必死に首を振り、臀部を震わすぬるい熱をなんとか逃がそうとする。
「鋼の、声を……」
 聞かせてほしい、耳たぶに落とされる切実な懇願から顔を背け、逃れる。自分の唾液に塗れたシーツを噛みしめれば、大佐が困ったように眉を下げた。
 切ない微笑と共に。動くよ、と、決定事項を囁かれ、腰を固定される。こんな優しい声をしておいて、穿たれる感覚はとても短く、激しい。視界がぶれる。波のように襲い掛かる衝撃に息が、詰まる。
「あ!っく……」
「鋼の、いいか?」

 今日は少し、激しくしてもいいか。

 押し倒されながら、すっかり欲望を灯した瞳に見下ろされ、うん、と頷くことしかできなかった。久々の逢瀬に胸を高まらせていたのはこちらも同じだ。それなのに、まるで自分だけがずっと耐えていたような顔をして。
 ずるい男だ。いつも以上にしつこくぶつけられる熱の昂りに、おいて行かれそうになる。
「鋼の。足を開いてくれないか、もう少しだけ……できるか」
 でも、逆らえない。逆らうつもりはない。求めに応じて足を開く。ありがとうと、額に落とされる口づけがたまらなくて、シーツに沈む。
 ありがとうと、大佐はよく口にする。エドワードから誘うことは、ない。その前に、大佐が求めてくれる。いつもされるがままで、快感に翻弄され、喘がされ、愛され、暴かれ、気づいた時には汗だくのまま、体の強張りを解いた大佐に圧し掛かかられている。
 激しい快楽の嵐が去り、茫然と息を乱すエドワードに口づけながら、大佐はいつもありがとうと言う。ジワリと体の奥に染み込んでくる冷たい粘液への恋しさに、もっと、と足を絡めることができるのは、この時だけだった。


 低く掠れた、大佐の声が好きだ。体を重ねた瞬間の、大佐の泣き出しそうな表情が好きだ。エドワードの体に快感を感じ、眉をよせる大佐が好きだ。吐き出される、詰まった吐息が好きだ。真面目に、真剣に、エドワードを求める声が好きだ。少しだけ心配そうに、エドワードを欲する深い黒曜石が好きだ。軍服を脱ぎ、ただの男としてエドワードに食らい付くこの大きな身体が好きだ。軍人としての威厳を兼ね備えた、普段の大佐とは違うロイ・マスタングが、好きだ。


 違うのに。抱かせて「やって」いるのではなくて。ただ、抱いてほしいだけなのに。一緒に、体を重ねあっているだけなのに。
 ありがとうなんて、言わなくていいのに。激しくしてもいいかなんて、窺うまでも、ないじゃないか。エドワードだって、求めている。でも、伝えきれないまま、いつも終わってしまう。
 それがいつもいつも、歯がゆくて、切なくて。いつか想いを、伝えたくて。

「たい、さ……っ」
「ん?」
 強く腰を打ち付けながら、それでも心配そうに見下ろしてくる大人を見上げる。
 額に張り付いた前髪を払いのけられ、痛いか?と不安げに問われる。違うと、静かに首を振る。違う、そうじゃない、そうじゃないんだ。今にも爆発しそうな羞恥と怠さを押し込めながら、ゆっくりと広い肩に腕を伸ばす。
 少しだけ驚いた大佐は、それでも拒むことなく体をかがめてくれた。ぽたりと、唇にふりかかった蜜のような汗を舐め、きゅっと固い首に腕を絡ませ引き寄せる。ふわりと鼻腔に広がる男臭さ。これが、好きな大佐の匂い。汗に濡れた耳元に唇を引っ付ける。とくとくと、近づいた鼓動が心地よくてたまらない。
 求められる嬉しさは、いつも胸に広がっている。苦しいけど、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいけど、ちょっと痛かったりもするけど、でもやっぱり。
 こんな風に汗だくになりながら、必死に求めてくれる大佐が、とても。

「き、」
「き?」
 ごくりと唾を飲み込み、懇親の力で。
「……きもち、い」
 びたりと、大佐の動きがとまった。体を重ね抱きしめているため顔が見えないことは幸いだったのか。もう一度唇を開き、再度同じ言葉を口に乗せる。
「きもち、いい……大佐」
 二回目は、もう少しだけはっきり言えた。大佐は、微動だにしない。あまりにも動かなさ過ぎて、逆に心配になる程だ。気付けば、熱に満ちていた空間が一瞬にしてしんと沈んでいた。
「た、大佐……?」
 胸に溜まっていた想いを吐き出したのは、やはりまずかったのだろうか。
「あ、あのさ」
 慌てて腕を外せば、顔をあげた男とばっちり目があった。半開きの唇に、見開かれた瞳。そして、赤らんだ頬。どうしてか、耳までがほんのり赤い。
 それには、エドワードの方が耐えられなかった。ぶわっと顔が、茹でられたように赤くなる。今直ぐに水でもひっかぶらないと、火傷してしまいそうなほどの熱さだ。
「……な、なんだ、よ」
 今直ぐにでも、深い穴に逃げ込んでしまいたくなる気持ちを抑え込み、わざと低く吐き捨てる。相変わらずの悪態。流れに乗って、可愛らしく好きだよ大佐、なんて微笑むことができればいいのに、そんなことすらできない自分に対する嫌気にといたたまれなさに、なんだか涙まで出てきそうだ。目頭の奥がつんと痺れてくる。
「た、たまには、素直になっちゃ、ダ、ダメなのかよ……!」
 叫ぶように怒鳴る。が、つっかえてしまった。こんなの、服を脱がされる時より恥ずかしい。
 エドワードの首筋に、大佐が顔を突っ伏した。あーだのうーだの、子どものように唸り始めた大人の背中をばんばんと叩く。痛いだろうに、抱きしめてくる腕の力はますます強くなるばかりで、逃がしてもくれない。
「なんだよ!いやならそう言えよぉ……!」
「いや違う、違うんだ」
「い、言わなきゃよかった、もうやだ、やだ、もうしない、ど、どけろよ、どけろって!」
 じたばたと暴れる。今直ぐに大人の腕から逃れたくてしょうがなかった。
「いや、いや鋼の……落ち着いてくれ」
「うるさいばかー!」
「こっちを見てくれ、ほら鋼の……いい子だから、はがねの」
 最後の一言があまりにも甘くて、気を取られた。抜け出そうともがいていた腰を強引に引きずり戻され、頬に手を添えら顔を突き合わさせられる。
 無理矢理重なった視線は予想通り柔らかかった。これ以上ないほどに皺の入った目尻が、大佐の想いをひしひしと伝えてくる。いたたまれなさが、余計に膨らんだ。
「違う、とても嬉しかったんだ」
「……ふん、もう、いい、うるさ……ぁ」
 そっぽを向く。が、唇の横にキスされ、体の力が抜けた。
「嬉しいよ、鋼の、嬉しい……ありがとう」
 このありがとうは、いつものありがとうとは、ちょっと違う。
「あっ……、ん、こ、の」
 優しくエドワードの顔にキスの雨を降らせておきながら、再び腰を動かし始める大佐は、やっぱりずるい男だ。荒かった突きがだんだんと狭まり、奥の一点を集中的にいじめられる。えぐり取られそうだ。気持ちが整わないまま一気に高められていく熱に、翻弄される。
「あ、やぅっ、し、しつこっ、い……!」
「しつこくしてるんだ、激しくしていいんだろう?」
「ちょっま、てめ、……ッ」
「本気を出させた君が悪い」
「あんっ……んん」
 みっともなく零れてしまいそうな声に、慌てて錆ついた指を口に含む。しかし、慣れ親しんだ金属の味を強く噛みしめる前に、そっと外されてしまった。
「鋼の、提案なんだが」
 真面目に、真剣に、エドワードを求める深い黒曜石に混じっていたのは。
 きゅっと心臓が甘く痺れてしまいそうな、笑みで。

 

 指よりも、こちらのほうがいいとは思わないか。

 

 近づいてきた唇は、懇願でも、誘いでもなく、決定事項だろう。
 それでも、逆らう気は起きない。逆らう気も、ない。だって、こっちだって、欲しいのだ。
「……おも、う」
 大佐の笑みが、深まった。
 ありがとう、の代わりに降ってきた口づけがたまらなくて、エドワードは必死に熱い唇に吸いついた。うねる舌が、自分を求めるただの男の存在が、もっともっと恋しくなる。


 エドワードはしつこくぶつけられる熱の昂りを受け入れ、大佐の腰に足を絡めた。

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