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「なんかさァ、大佐の目ってだいぶ宇宙」
たまたま目が合って、どちらかともなく誘い、二人で夕飯を食べた。
そしてなんとなく離れがたくて、少し遠回りをしてぶらぶらと夜道を歩いていた帰り道。
そんな雰囲気の緩いカンケイというやつがここの所長く続いて、そろそろこの曖昧さに蹴りを付けたいような、でもやっぱりもっと続けていたいような、そんなふわふわとしたことを考えていた今日が偶然そういう日だった。
「突然何を言い出すかと思えば」
「だって今日ってさ、あれじゃん、あれ」
たまたま、二人で街灯が少ない路地に入ってみてよかった。
なんとなく、月明りに照らされた彼を見上げてみてよかった。
偶然、いつもよりも密度の濃い帯状の星屑が大佐の目の中でぴかぴか瞬いていた。だから気が付いた。
「七夕だな」
「そ、七夕。織姫と彦星が年イチでイチャつく日」
「願いが叶う日でもある」
「アホくせ。願いっつーもんは自分の力で叶えるもんだろ。遠すぎる宇宙に祈ったって願いが届く頃には死んじまってんぜ」
「君は本当に風情がないな、さっきは私の目が宇宙みたいだとか面白いことを言っていたくせに」
「だって星が、大佐の目ん中でぴかぴか光っててさ」
吸い込まれるように手を伸ばす。背伸びしなくとも大佐の硬い前髪に手が届いたのはオレの背が急激に伸びたからじゃない。大佐が少しだけ背を屈めたからだ。どうして? そりゃ、たまたま。
「──キレイ」
「……目の色が夜みたいだと言われたことはあるが、宇宙みたいだと言われたのは初めてだよ」
「夜みたいって誰に言われたの」
「そうだな、前の彼女とその前の彼女」
イラっとして噛みつく素振りを見せれば、大佐が愉快そうに目を細めた。あ、今からかわれた、ムカつく。でもその笑いジワなんとなく目が離せない、結構いい。でも黒目の幅が狭まったせいで小さな宇宙と、そこに埋め込まれたキレイな星の欠片たちが少なくなっちゃったのはもったいない。
もっと見たいと思ったら大佐の顔が近くなった。たぶんだけど、どっちかが背伸びしてどっちかがもっと背を屈めたんだ。きっとこれは、偶然に。
──本当に?
「いま、願いが届いた」
「何を願ったんだい」
「大佐の目、もっと見たいなって思ってたら距離が近くなった」
「死ぬ前に叶ってよかったな。どうもこんばんは、私は世界に一つだけの君だけの宇宙さ」
「くっせえの」
含み笑う。しんと会話が途切れた。だが不思議と緊張感はない。夜の匂いが肌に染み込んできて心地いいし、目に映るのは互いの目の中で輝く数多の星たちだけだ。あと、今頃オレと大佐の頭上のどっかで感極まって抱き合ってるだろう織姫サンと彦星サン。
「……仕事サボりまくったせいで、織姫と彦星は離れ離れにされたんだよな」
大佐の黒い瞳の中で、一筋の星が流れ落ちた。
「そういう言い伝えだな。可哀想だが自業自得でもある」
「なーんか、大佐みてえ。仕事サボってばっかじゃん」
「そうかな? 君との時間をひねり出すために今日は仕事をサボらなかったよ」
会話は始まったが、今二人の「たまたま、なんとなく、偶然」が途切れた。そろそろ誤魔化しが通用しない所まで来てしまったらしい。
「生憎と、私は年イチは御免だね」
すっと、大佐の手が伸びてきた。オレとは違う少し硬い大人の指先が、さらりと前髪を優しく撫ぜてくる。オレの瞳には空に輝く星々が映っているのだろうか。金色だから、混ざっちゃって見えにくいかも。でも大佐が眩しそうにますます目を細めるもんだから、もしかしたらオレ自身がキレイな星に見えちゃったりしてるんですかね……とそこまで考えて恥ずかしさに顔が赤くなった。
オレも人のこと言えないじゃん、くっせえの。
「手の届く距離にいるのに、手に入れないなんてもったいない」
「だれ、を?」
大佐は聞かなくともわかるだろうって顔したけど、聞かなきゃわかんないことだってあるよ。唇を尖らせれば大佐が唇を震わせた。
「今、私の目に映る人」
あ、どうしよう。
「誰が、見える? エド」
大佐の笑いジワがもっと深まってしまったせいで、もっと目が離せなくなった。これじゃあ大佐の目に映ってる人物が丸見えだ。
恥ずかしそうに唇がつんと上を向いている。それにたぶんだけど、今頃熱い逢瀬を交わしている織姫サンと彦星サンよりも顔が赤くなってる。
たまたま、なんとなく、偶然に。なカンケイはきっと全部必然だった。
二人で目を合わせて夕飯を食べに行ったのも。少し遠回りをしてぶらぶらと夜道を歩いていたのも。今日という日を、選んだのも。
こうして互いの目を見つめながら、距離をどんどんと縮めているのも。

『オレだよ、大佐のばか』
そんなオレの最後の一言は、必然的に近づきすぎた小宇宙と満天の星に一気に飲み込まれてしまった。
声にならなかった声がいっぱい絡めとられて、長い時間をかけて熱い吐息が離れていく。夜の風がさっきよりも冷たく感じられるのは、きっと濡れてしまった唇のせいだ。

「──正解だ」
「オレなんも言ってねえんだけど」
「言ったじゃないか、口の中で」
「……っ、ばーか!!」
「はは、たぶん我々は世界イチ熱いカップルになると思うぞ」
「今頃盛大にイチャついてる織姫と彦星よりも?」
「当たり前だ、邪魔になれば天の川だって蒸発させる覚悟だとも」
「うわ」

照れ隠しで顔を顰めたオレを見る、大佐の目。
あ、やっぱりその顔いいな、好きだ。
唇が濡れてるもんだからついつい口が滑る。ついに音にしてしまった甘すぎる台詞に、大佐が一瞬だけ目を開いて眦をもっと緩めた。
大佐の目には、満面の笑みを浮かべたオレが映ってる。

どうか来年もまた一緒に、七夕の星を眺められますように、と。
世界に一つだけのオレだけの宇宙にそっと願いを込めて。
オレは最後にもう一度だけ、背を伸ばした。

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