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いっしょに旅をする。
ボクは歩く。行くべき場所を目指して。

 

 

 

 


どうかボクに土をかぶせて。
ボクは眠れないから。


どうかボクに土をかぶせて。
ボクが少しも、動けないように。



最近になって、昔のことを思い出す。
兄さんと一緒に眠ったベッドと、布団のあたたかさを。



柔らかな、軽い羽の布団に兄さんと潜って、よく遊んだ。
ボクは、暗いのが苦手だった。小さい頃は、一人でトイレにも行けないくらい。

だけど、布団の中は平気だった。兄さんと一緒だったから、こわくなんてなかった。

 


真っ暗な布団の中で、兄さんといっぱいしゃべって、気がづいたら眠っていた。
めくられた布団と、顔をしかめるほどの、眩しい朝日。ボクと同じように瞼をこする兄さんと、目が合う。

おはようって、柔らかな声。撫でられる頭。

一緒に見上げる。ボクたちを見下ろす、お母さんの微笑み。

寝起きはいつも、兄さんのほうがよかった。

ベッドから降りて母さんに抱き着く兄さんを、ボクは追いかけた。

こうやって、また新しい1日が何度も、始まった。

一日、一日、過ぎてった。手が伸びて、足が伸びて、ボクはちょっと大きくなった。

ある日、布団をめくってくれる柔らかな手がなくなった。

それでも、一日、一日、過ぎてった。ボクはもっと大きくなった。

そして、そのうち鎧になった。

 

どうかボクに土をかぶせて。
ボクは眠れないから。


どうかボクに土をかぶせて。
ボクが少しも、動けないように

どうかボクに土をかぶせて。

今の体では、僕は重さを感じるとことができないから。

軽い羽の布団なら、なおさらだ。

だから、どうか僕に土をかぶせて。

羽よりも重い、土を。

 


苦しみを感じないボクの体に、効率よく入り込む土。

さらさらと、ボクが二度と起き上がれないように。

重く重く、深く深く、ボクが見えなくなるくらいに、土をかぶせて。

おはようって、ボクと兄さんが被った布団をめくってくれるお母さんは、もういないから。

 


だから、どうかボクに土をかぶせて。

眠りにつけないボクに、真っ暗な眠りを。

 


眠りを。

 


大丈夫、暗くても、怖くない。
兄さんがいるから。

 

 

いっしょに旅をする。ボクは歩いた。

行くべき場所を目指した。そして辿り着いた。

砂の多い場所。ここだ。砂の海が広がる、広い場所に、ボクは立った。

さらさらと、溢れる砂を掘る。疲れを知らぬ体はこんな時に便利だ。

長い時間はかけなかった。ある程度空間を作れたら、ゆっくりと、そこに丁寧に横たわる。

腕を伸ばす。見上げた空は、どこまでも近くて遠い。

砂漠の虫が近づいてくる。優しく払いのけてもきりがない。

ボクは諦めて、鉄の腹を手のひらで撫でてみる。

何も感じない。熱も。まだ溜まっていない、砂も。

太陽の眩しさに、目を細めることもできない。


ボクが地中深くまで埋もれることができるまで、どのくらいの時間がかかるだろうか。


この体で良かったことは、ボクの体が鉄でできていたことだ。


木とは違うから、長く持つ。

 



ありがとう兄さん。
きっとボクはこのために、鎧になった。

少しでも長く、一緒にいるために。

 

一日、一日、過ぎて行けば。ボクはもっと砂に埋もれる。

そして、そのうち、ボクは重く重く、深い深い土の中。

兄さんはいま、暗い。

でもボクもそのうち、暗くなる。

だから一緒に眠ろう。

真っ暗な眠りを。

 


大丈夫、暗くても、怖くない。
兄さんがいるから。

 

 

数日前、エドワードエルリックの墓が掘り起こされた。

棺桶に入っていた遺体が忽然となくなったことに気がついたのは、同郷の幼馴染の少女だった。

 

近づいてくる虫。少し体を動かしてみる。こつんと響く中の音。

鉄の腹を、もう一度撫でてみる。

さらりとした音。少し、砂が溜まった。

熱くは、なってるかな。ずっと冷たいままじゃ、かわいそう。

だから。

どうかボクに土をかぶせて。

ボクは眠れないから。

ボクが少しも、動けないように。

ボクに土をかぶせて。

棺のボクに。

眠りにつけないボクに、真っ暗な眠りを。

最後まで兄さんと一緒に、いられるように。

大丈夫、暗くても、怖くない。

 

兄さんがいるから。

マーテルさんを思い出したので。

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