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  ばん、と、勢いよく開かれた扉から現れた大きな鎧姿に。

          そこにいる誰しもが口をつぐんだ。

こんな日が来ることを

きっと誰もが知っていたからこその所以

「兄さんは……!」
大きな見た目からは想像もつかないほどの、少し高めの声。声変わりを終えていないその子供の悲痛な叫び声は、ここにいる誰しもの胸を
抉った。
「兄さんは」
誰も、答えなかった。いや答えられなかった。みな一様に沈黙し、ただひたすら冷たい床を見つめていた。
溢れる、沈黙。焦れた鎧は、躊躇うことなく真っ直ぐに脚を進ませた。この部屋の中で殊更下を向いている人物、この部屋の中で、最も位の高い地位についている男――ロイ・マスタングの元へと。
止めるものは、誰もいなかった。
アルフォンスの大きな手が、マスタングの胸ぐらをつかみあげる。長身のアルフォンスにつかみあげられ、マスタングの腕が人形のようにぶらりと垂れ下がった。
「大佐」
「……」
「兄さんは」
「………」
「───答えろ!」
「アルフォンス君、待って」
今にも拳を振り上げんとしていたアルフォンスを止めたのは、ホークアイ中位だ。疲労を顔に滲ませながら、アルフォンスとマスタングの間に割って入る。
「エドワード君は、今治療中よ」
あくまで、淡々と話す口元。しかしその唇が僅かに震えているのはアルフォンスの見間違いではないだろう。しかし、いまのアルフォンスにとってそんなことはどうでもいいことだった。目の前の女性がいかに動揺していようと、そんな女性に庇われてもなお反応を示さない男が、どれ程の後悔に苛まれていようと、どうでもいい。アルフォンスのただひとつの唯一は、彼の兄である、エドワード・エルリックの安否なのだから。
「治療……中……」
「今夜が、峠と言われたわ」
三つ、呼吸が入るほどの沈黙をしてから、アルフォンスはゆっくりと手を離した。皺がつくほどに握りしめられた軍服、を着た男が、ふらふらと後ずさり、壁に背をぶつける。顔は重力に逆らわず、下がったままだ。
アルフォンスは後ずさらなかった。そのまま力が抜けたように、かくんと膝をおる。糸を無くした金属が、かしゃんと、壊れるように床に座り込む。
手を伸ばそうとするものは、伸ばせるものは、いなかった。

 


───治療中。
───今夜が峠。

 


アルフォンスは、ぼんやりとした頭でその言葉を反芻した。冷たく白い床に、真っ赤なコートが浮かんだ。優しくはにかむ兄の顔も。ゆるりと手を伸ばしそれを掴もうとしたが、ゆらりと揺れた黒い影に邪魔をされる。
「やめろ」
自分のものではないと思えるくらい、冷たい声がでた。床で傾く黒い影が、ぴくりと揺れ、止まる。
「貴方が謝るべきは僕じゃない」
息を飲む音は、四方から聞こえてくる。後ろに控えているマスタングの古参の部下たちも、きっと今、苦い痛みを味わっているのだろう。でも、今一番苦しんでいるのはここにいる誰でもない。アルフォンスでもない。
「これ以上、兄さんを侮辱しないでください」
他の誰でもない。理不尽な苦しみにもがいている、兄なのだ。
揺れた影は、そのまま固まり動かない。アルフォンスは顔をあげることもせず、その暗闇をただひたすら、じっと見つめた。

 

ばん、と、勢いよく開かれた扉から現れた大きな鎧姿に。

そこにいる誰しもが口をつぐんだ。

こんな日がくることをきっと誰もが知っていた。

それでも防げなかったのはきっと。

彼の少年に対する甘え所以 の。

​馬鹿な話だ

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