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「大佐!」

大きな声に、引き戻された。重い瞼を上げる。

目の前に、濃い緑の木漏れ日にキラキラ瞬く金の瞳があった。

「鋼の」

「なにしてんだよ、中尉、怒ってたぞ」

私を見下ろす小さな子供は酷く怪訝そうな顔をしていた。

ぱちりと瞬く。それは私の台詞だ。

「何故、君がここにいる。危ない」

「寝ぼけてんのか?今日司令部によるって言ったろ」

「きょう?」

「呼んでも起きねえし。このサボり魔。危ないってなんだよ」

「──ああ、ああ、すまなかった。君の言う通り、少し、寝ぼけていたな」

「こんな炎天下の中で寝てるからだ」

隣に座り込んでくる子供。瞼を擦る。視線を動かす。

白い建物に、生い茂る緑の葉。見慣れた光景だ。

どうやら私は寝ていたらしい。この、仕事場の庭にある木陰で。

 

つい先程まで、砂漠の中にいた。

暑い地域だった。人々は皆、褐色の肌だった。

支給された白いコートすらも焼き尽くすような、太陽光が目に鋭かった。

ゆっくりと息を吸い、吐く。

 

「暑い」

「当たり前だろ阿呆。脱水にでもなったらどーすんだ」

「普通に、死ぬな」

「焔の錬金術師の死因がそれとか、笑えねえよ」

青い軍服の上着は草の上。シャツに張り付く汗は増えるばかり。

くらりと、炎天下。

見知った子供の頬が溶け始める。

再び、夏が見せる幻影に引きずりこまれそうになる。

「あーもう、ほら。少しぐらいなら分けてやる」

ばちんと、額にぶつけられた衝撃に思考がはっきりとした。

ひやっと、機械の手のひら。

先ほどまで冷水にでも浸していたのだろう。

氷のような、痛いぐらいの冷たさに目を細める。

「どうよ」

「熱の伝わりも早そうだ」

「まあね、冷やしてなけりゃ地獄」

「難儀だな」

「しゃーねーだろ」

「この腕では、砂漠は越えられんだろうな」

子供の片眉が上がった。

「砂漠ぐらい越えられる」

「熱で、死ぬかも」

「機械鎧の熱で?」

「笑えないな、それが死因では」

接触は、僅かだった。離れていく手。

一瞬だけ遮られた太陽が再び顔を出す。赤い世界が広がった。

「それでも手放せねえよ。目的を達成するまで、これはオレの、一部だから」

──遠い星からの灼熱よりも、簡単に命を奪う方法が、あった。

効率的だった。壁際に追い詰めて、指を擦って。直接肌を、皮膚を、細胞を、肉を焼く。

繰り出される赤が、褐色の肌を捉えるまで何度も。

細い背、逞しい背、曲がった背、小さな背。 いくつもの背が、時間をかけて、黒になった。

ぱしり、と。

気付けば鋼の手首を強く掴んでいた。

驚きに見張られた子供の目が、丸い。

「鋼の」

引き寄せた子供の一部で験を覆う。視界を遮る。赤が消えた。

冷たい世界に、包まれた。息を吐く。

「もう少し、こうしていてくれないか。暑くて、熱くて」

握る鼓動のない指先は、子供のサイズ。

それなのに力を込めてしまったのは、何故だろうか。

「死にそうなんだ」

小さな一言に、子供は何を思ったのだろう。

息を飲む音が聞こえた。敏すぎる子供が、静かに力を抜く気配。

暫くの静寂の後、中尉には内緒な、と吐き出された声は夏の木漏れ日のように穏やかで。

 

 

「……暑さのせいで、雨の日以外も無能になったってことに、しといてやるよ」

 

図らずとも、笑みが零れる。

子供らしい返答に、目をつむった。

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