
「君のせいだ」
「あんでだよ」
「君のせいだったら君のせいだ」
さっきから煩い。君のせいだ、君が悪い、君のせいでって何回も同じことを言われてそろそろ苛立ちがピークだ。
いい加減殴ってやろうかと肩を鳴らす。一応上官だから控えるが。
「君のせいだ」
上官、上官だ、こいつは上官、オレの上司。
イライラを抑えるために傍にあった紙を丸めたり開いたりして遊んでみる。そういえば昔弟と紙を丸めてチャンバラごっこして遊んだな。
「また振られた……君のせいで」
耐えられなかった。丸めた紙でべちんとデスクの上に沈む男の頭を叩く。
そして叩いた後に気づいた、これちゃんとした書類だった、しかも大総統府の印鑑が押されてるやつだ、やべ。
「痛いな」
「うるせえ振られ男、ほら見ろアンタのせいで正式書類がくしゃくしゃだ」
「なにをやってるんだね君は!」
がばっと起き上がった振られ上官はオレの手から丸められた書類を奪い取ってわたわたと伸ばし始めた。全くダサいことこの上ない。
「必死すぎ」
「当たり前だバカ者、あああ閣下の印が……」
さっきまで何度呼びかけても顔を上げなかったくせに、大切な書類の危機にはこうやって飛び起きるんだもんな。
「破ったりするわけねえだろ、子供じゃあるまいし」
「大人は紙を丸めて遊ばない」
「この前仕事めんどくせーって紙丸めてただろおっさん、オレ見たんだぞ」
「まだ20代だ」
しれっと言い返してきた男は、しっかり伸ばした紙の上に本をいくつか重ねて、気だるげにそのうえに頬杖をついた。
暫し見つめ合うが深い意味はないだろう、ただこの男の視線の先にオレがいるだけだ。
「アンタ仕事終わり何時」
「あと2時間後だな」
「で、どーすんの今日は。する?」
「何を」
「セックス」
ひょいっとデスクの上に乗る。いつもなら怒られるが今ここに彼の副官はいない。散らばった書類を破ってしまわぬよう、重なった本の上に手をついて目の前の男の顔を覗き込んだ。
今日初めて視線が重なった。黒い瞳と唇が面白そうに細められている。
いやらしい笑みだ。
「君の口からそんな言葉が出てくるようになるとは」
「アンタに仕込まれたんだけど」
「仕込んだとは酷いな……人を悪い男みたいに」
「大佐は間違いなく悪い男だろ」
「なにをいう、私ほどいい男はいないだろう」
「言ってろ」
押し倒されたのもこいつが初めて。
唇を押し付けられたのもこいつが初めて。
舌を絡めたのもこいつが初めて。
男同士お互い裸になったのも……小さい頃に一緒に風呂に入ったアルが最初だけど、身体を重ねたのはこいつが初めて。
オレにとって初めてだらけの男には沢山の恋人がいた。
「いい男だろう、私は」
なんとしてでもいい男だと言わせたいらしい。
「はいはい、アンタはいい男だよ。最低なくらい」
男がゆるやかに口の端を釣り上げた。返答に満足したようだ。
面倒臭い。
「いつものホテルでいいか?」
「そこ以外のどこですんだよ、アンタの家にでも連れてってくれんの」
「まさか。だがなぁ」
「だけど?」
「君と寝るとまた誰かに振られる気がするんだ」
こいつには沢山の恋人がいる、が、ここ数か月で3人は減っている。
最初はその分増えるので人数的にはプラマイゼロだと自慢していて呆れたが、最近ではそんな自慢も減ってきている。
どうやら本格的に悩んでいるらしい。
「だから人のせいにすんなって」
「あと6人に振られればゼロになるんだぞ」
「アイーダ、カーラ、シンディー、セシル、ベサニー、ディアナね」
「よく覚えてるな」
「全部アンタの寝言。オレの記憶力なめんなよ」
「君といると気が緩むんだ」
ため息、そして向けられる視線に恨みがましさが混じるが別にオレのせいじゃない。無視をする。
「君の体がよすぎる」
「体だけ?」
「もちろん尻も」
褒められている気が全くしない。いい尻だねと言われて喜ぶのはこいつの恋人ぐらいだ。
でも確かに女のあそこよりも男の尻のほうが具合がいいとなれば女好きのこいつとしては大問題だろう。
女性という生き者は敏感で、行為の最中に夢中になられていないことぐらいわかるはずだ。ここままだと恋人は減る一方だと唸っているが、自業自得すぎる。
「昨日はマリアさんだっけ、アンタほんと清純そうな女が好みだよな」
確か花屋で仕事をしている女性だ。人好きする笑顔で客に対応しているのを見かけたことがある。
この笑みの裏では大佐とあんなことやこんなことしてんのかと感心したものだ。オレもだけど。
「そうだとも、清純な人だった。尻に指を入れてみたのが間違いだったな」
「バカじゃね? 当たり前だろそりゃ振られるわ」
女相手に尻を使いたがるなんて最低だ、さぞ驚かれたことだろう。
腹の底から笑いがこみ上げてきてげらげら笑ってしまった。
むっとした男にぐいと体を引かれてキスをされる。拒む理由がないので体重を乗せて口を開けば直ぐに舌を絡めとられたが、ふっと鼻腔に流れて来た女物の香水が癪でぐいと顔を押し返す。
そういえば、今日は女の家にこいつを迎えに行ったんだと彼の部下が嘆いていた。腹を立てて深夜にこいつを追い出さなかっただけマリアさんは結構いい女だったのだろう。
「酷いぞ」
「書類くしゃくしゃなんだけど」
「かまわんさ」
こうしてる時だけオレを優先する。ほんと悪い男だなとは思いつつ、肩、腰、首の裏をするすると撫でてくる手の気持ちよさに直ぐに陥落した。
再び近づいてきた顔に自分から顔を寄せて厚い唇を食む。
先に口を開いたのは彼のほう。舌を入れて馴染ませて存分に絡めると返された。夢中で貪る。ようやく唇を離せたのは混ざった唾液が一滴、書類に垂れた時だった。
「君とセックスをしてみて、わかったことがある」
「ん、なに……」
「未成年に手を出すとろくなことがない」
はあ、と心の底からのため息に、今度こそブン殴ってやろうかと思ってやめた。変わりに男に見えないようぐしゃりと書類の一枚を握り潰す。
それはこちらの台詞だ。アンタに手を出されなきゃオレだってこうはならなかった。
いつか恋人になってみたいだなんて、無謀な感情抱かなかったよ。
「君も大概、いい男だよ」
クソみたいな褒め言葉に返事をする代わりに、唇の端に歯を立てて噛みついてやった。
さっさとこのまま恋人ゼロになっちまえ。
オレは絶対、アンタを振らないから。