YOU KISS
「大佐!」
ぴょんとソファから飛び出し、満面の笑顔でこちらに突進してきた子どもの体を抱きとめる。
「大佐、大佐、大佐!」
「ああ、聞こえてるよ」
何度も呼ばなくとも聞こえてる、そんなデカい声で騒ぐな。そう言ってやりたい言葉を飲み込み、代わりに子どもが喜ぶだろう笑顔を向けてやる。
「今日はどうだった?」
そこら辺の女性に送ってやるのよりもはるかに軽い笑み。
それでも子どもは嬉しそうに笑い返してきた。
「ちゃんとできたぞ!」
擦り寄ってきた子どもの臭いに鼻がひくつく。ああくさい。窓をあけて臭いを放つ物体そのものを消し去ってやりたいところだがそうもいかない。
「そうか、偉いぞ鋼の」
「うん!」
元気よく答えた声は若干掠れている。それもそうだろう。部屋から出て行った将校の機嫌はいつも以上によかった。どうやら今日もうまくやったらしい。
「大佐にほめてもらいたくて、頑張ったんだ!」
内心でほくそ笑む。きっと近日将校から色よい返事がくるだろう。今回の議題に関しての。
「大佐ぁ、ご褒美は?」
餌を待つバカな狗は、汚れた体のまま袖に縋りついてきた。青い軍服が白く汚れる。
「大佐、キスして」
それに頬がひきつりかけるも、微塵も出さずに汗で湿った髪を払ってやる。
薄汚い子どもの真っ直ぐな瞳をしっかりと受け止め薄く笑ったまま、顔を寄せる。引かれるように目を閉じた子どもに込み上げてくるのは嘲り一色。
すっと唇を寄せる。上の軌道。その広いおでこに軽いリップ音を立ててやる。
ちゅっ。
他の将校の唾液や白濁液に塗れて光る唇などに、口づけたくなどない。
お前にはこれで十分だ。そんな心の声に気づきもしない子どもは、はちきれんばかりの笑顔を見せた。
「ありがとう大佐、大好き!」
いつまでも、そしてこれからも変わらぬであろうその笑顔に、「私も大好きだよ」といつもの決まり文句を投げ捨ててやる。
使える道具には、甘い言葉は絶大だ。
抱きついてきた子どもの体温は温かく、鼓動ははやい。
マスタングはむせかえるような青臭さに顔をしかめながら。
喜びと恋心を体中で体現してくる子どもを静かに引き離した。