
4
どれぐらい沈黙は続いただろうか。
マスタングはエドワードの憎悪に燃える金色をじっと見つめていた。そして一度だけ深く瞼を閉じ、静かに開いた。再び現れたその瞳には、何も宿ってはいなかった。先ほどまでマスタングの瞳に滲んでいた哀愁も、憐憫も、苦悩も、全てが無明の闇の奥に隠されていた。人形のように精巧な仮面が、そこにはあった。それが合図だった。
両手を床につき、ゆっくりと、エドワードの下腹部に近づいてくる顔。躊躇なく開かれた口。ちらりと覗いた白い歯が、器用に腰に巻きつかれたベルトを外していく。僅かな時間をかけて、かしゃんと響いたベルトが、足元に落ちた。
噛みつかれたズボンと下着が、ずるりと降ろされてゆく。冷えた外気が直に伝わって寒かった。掬い取るようにマスタングの口内に含まれていく剝き出しの自身の男の象徴を、エドワードは静かに眺めていた。
遠かった。敏感な部分に絡みついてくる舌の熱さは本物なのに、下半身の感覚だけがどこか別の所へ行ってしまったかのようだ。何も感じない。いつもエドワードの願望とは反対側にあった性行為を、今度はエドワードが強要しているというのに、優越感すらもなかった。もうどうでもよかった。
惨めだとは、思わないのだろうか。十四も年下の子供にこんなことを命令されて。これはどこからどうみても屈辱的な行為だ。少なくともエドワードはそうだった。かつての自分と同じように、四つん這い、従順に股間に顔を埋め必死にむしゃぶりついてくる姿は狗のそれだ。それなのにマスタングは愛撫を止めない。歯でゆるく根本を噛み、口の端からだらだらと零れる唾液すら拭わず、じゅうじゅうと吸いついてくる。小さなそれに下から上へと舌を這わせ、ゆるく起ち上った先端部分を、根本からしっかりと舐めあげられ、しゃぶられ、往復される。マスタングは、機械的に、エドワードの性器を射精へと導くために尽力している。青臭そうだと思った。何度飲んでも、デスクに散ったそれも舐めたが一向に慣れることのなかった味が、今マスタングの口内にも溢れかえっていると思うと少しだけ溜飲が下がるような気がした。
自分は何をさせているのだろう。こんな意味のない行為を強制したところで、マスタングを壊すことはおろか、自分と同じ所に下げることも。彼との関係を、未来に繋げることさえできやしないのに。
『ではな、鋼の。君も楽しみたまえ』
ふと、脳裏をかすめた甘い声。色のなかった思考が、不安定に定まり始めた。
作られたような白が脳裏に蘇った。壁も天井も白一色の見慣れない部屋。エドワードが一度だけ連れていかれた娼館だ。エドワードの瞳に焔をつけ、未来への道を提示してくれた男だ。信頼はしていないが、この大人は信用に値する人間だと信じていたのに、それはエドワードの幻想にしか過ぎなかった。秘密裡の情報があるからとマスタングに騙され足を運んだここで、エドワードは手酷く裏切られた。
手を引かれ、疑いもなく訪れた部屋に、とんと背を押し込まれた。そこで待機していた女たちは、一斉にエドワードに目を向けた。そして、現れた数人の女性に腕を絡められ部屋を後にしようとするマスタングに驚いた。
『大佐?』
『それは初めてだ。いろいろ教えてやってくれ』
無情な一言を言い残し、エドワードを女性の中に放り込んだマスタングに、傷つく前に混乱した。性的な匂いを醸し出し腕に絡みついてくる女性たちを振り払い、マスタングの背に声を張り上げた。
『何言ってんだアンタ』
『私は私で楽しむ。君も、いい思いをさせて貰いなさい。既に金は払っているんだ、彼女たちの面目を潰すことだけはしてくれるなよ』
いい思いとは、そういうことだ。カッと頭に血が上った。
『そ、んなこと……できるわけ……!』
震える一言は、絶対零度の微笑に絡めとられた。
『出来る出来ないではない。私は命じているんだ』
笑っているのに冷たい目。それに見下だされ、息が詰まった。
『君への情報提供は、その後だ』
エドワードは一瞬で理解した。命令だと、マスタングは言った。この部屋にいる女たちと寝ろと、それができなければ情報提供は無しだと言われているのだと。
『私によくしてくれる美しい女性たちだ。君が満足したかどうかはあとで報告して貰う。しっかり、励みたまえ』
血の気が引いた。息のかかった女たちを集められたということはつまり、逃げることも許されないということだ。したかどうかも、確かめると。足場が、崩れていくような気がした。
何をどう言ったかは、あまり覚えていない。とにかく嫌だ、しないと、離れていくマスタングに言い募った。こんなことをしてまで手に入れる情報なんていらないと、啖呵さえ切った気がする。本気だった。
『君がそこまで言うのであれば……では等価交換をしようか、鋼の。私は君の身体に興味がある。そして、君には喉から手が出るほど欲しいものがある。君が今私の狗になれば、君に情報を提供しよう。私が権力を使って集めるだけ集めた賢者の石の情報を。弟の命も保障する。どうだ? 悪い話ではあるまい』
耳元で囁かれたマスタングの提示した条件は、怒りに満ちていたエドワードの正常な思考を奪うのには十分すぎる衝撃だった。
『それができなければ、ここでたっぷり可愛がってもらいなさい。私は別にどちらでもいい。私を選ぶのなら、そうだな──そこのベッドで』
情報の件など、二の次だった。それはエドワードを誘い出すための罠だった。何よりも弟の命すらも盾にとって、女を抱くかマスタングに抱かれるか、どちらかを今選べと彼は言っているのだ。
強張る足で、彼に抱かれるためにベッドに乗り上げたエドワードにマスタングは肩を竦め、不平不満を言い絡みつく女たちにすまないね、と形ばかりの謝罪をした。その口元がいつも以上に綺麗な弧を描いたのは、決して見間違いではないだろう。マスタングは、部屋にいる女たちを追い出さなかった。女たちも、何も言わなかった。ただ黙って、ベッドの上で体を重ねる男二人を眺めていた。初めから、仕組まれていたことだったのだと気づいた時には、既に遅かった。
右を見ても左を見ても、見知らぬ露出の多い服を着た豊満な女性と目が合う。沢山の人の目が光る中で一糸まとわぬ姿になるのも、身体を這う熱い舌も、四つん這いになって後ろを解されるのも、足を開くのも、声をあげるのも、全てがこれまで想像もできなかったほどにおぞましいものだった。エドワードの恐怖も羞恥も絶望も、この時間に全て集約されていた。
『かわいそうに』
そう一言零した女性は、それでもエドワードに近づいてきた。豊満な体を惜しげもなく晒して。後ろの穴に異物を押し込まれじくじくと痛む後口に脂汗を流しているエドワードの傍に。後から腕を押さえつけられているため、後退すらできないエドワードの前にかがみ、ベッドに乗り上げた。
栗色の長い髪に、長い爪に塗られた赤いマニキュア、真っ赤なルージュ。表情の乏しい、マスタングの息のかかった女性の一人。美しい女性だが、美しいとは思えなかった。静かな瞳がただ恐ろしかった。女が、ベッドに乗りあげる。ほっそりとした女の指が、エドワードの太ももにそっと添えられた。逃げる腰をやんわりと引き戻され、萎えたそれを弄られ始める。下腹部めがけて下げられた顔に耐え切れず足を閉じようとしても、背後からエドワードを抑え込む主に、足を開きなさいと冷たく命じられ、開かされた。女はそんなエドワードを一瞥することもなく、開かれたエドワードの下半身に顔を埋めて、そして。
やめろ、やめてくれという罵声と悲鳴は、全て女のような嬌声に変わった。
「あ……」
見上げてくるマスタングの静かな瞳が、あの時の熱のない女の瞳と被さる。真っ赤に彩られた唇から出入りする、あどけない己の肉が震えている。技巧に長けた舌の動きが、ぬめるマスタングの赤い舌の熱と重なる。思い出してしまう。歯を食いしばって耐えても──男としての性を強制的に目覚めさせられたあの、瞬間を。
「あ、……ぁああ、ああ、あっ」
はっと、マスタングが目を見開いた。エドワードはそこで初めて、自分が悲鳴を上げていることに気が付いた。
「あァ、ああああ」
「鋼の」
「やっ……いやだっ、はなせ、離せ」
咥えていたそれから口を離したマスタングが、慌てて手を伸ばすのが見えた。無骨な指先に強く肩を掴みあげられて、触れられた部分の熱さにびくりとする。この手に押さえつけられて、オレは。知らない女の人に。母親に似た栗色の髪を持つ、女の人と。
「なん、なんで、ゃだっ、いやだ、うぁ、ァあああ」
「鋼の、鋼の、落ち着」
肩にかけられたマスタングの手を力の限り振り払う。その拍子にエドワードの爪がマスタングの頬に引っかかった。凝固しかけていた頬の傷が再び抉られ白い頬から血が流れ始める。それが、あの白い部屋のシーツに散った赤色と重なる。マスタングに後ろから刺し貫かれた時、ベッドに上半身を乗り上げ気だるげにエドワードの痴態を眺めていた女が、口を抑えて確かに言ったのだ。男に犯されるエドワードの姿を見ながら少しだけ顔を歪めて、「うわ……」と。
「……止めるなぁ!」
髪をかきむしる。三つ編みが解け、肩に一房落ちた。波打つ水面に映ったもう一人の自分が、女みたいだなとエドワードを笑う。
「離すな! 離すなよ、やれよ、やめるな! 誰がやめていいって言ったよ!」
離せと叫んでおきながら、離すなと喚き散らかす。まるで狂人だ。どちらが本当の気持ちなのか、自分でもわからなくなる。きっとどちらも本当だ。だからこんなにも苦しい。
「最後まで、やれ!」
頬を流れた血をぬぐうこともせず、茫然と見上げてくるマスタングを罵る。自身の犯した罪から目を逸らすなんて、そんなこと許されるわけがない。許したくなんてない。許せない。あの白い部屋で、シーツに散らばった長い金色に、マスタングは満足げにほほ笑んだ。女を抱いているみたいだ、と。一部の女性たちも失笑していた。砕かれたエドワードの尊厳は、未だにあの白い部屋に置き去りのままだ。
「逃げてんじゃ、ねえよぉ!」
エドワードの耳には、自分の声がはっきりと聞こえた。助けてくれとという、血反吐を吐くような叫びが。
マスタングが、弾けるように顔をあげた。再び、切羽詰まったように始められる口淫に腰を押し付ける。
「ふ、あ、っぁあ、……」
押し上げられるように嬌声が漏れる。こんな自分の声、三年ぶりに聞いた。厚い舌先に先端を抉られ、唾液を絡められ、激しい音を立て臓腑までも搾り取られるような力で吸い付かれ、底なしの水面に、ズブズブと沈んでいく。
「アンタの、舐めんのもッ、いやで、苦しく、て……ひぁ、あっ」
エドワードの摩擦によって温められた生ぬるい口内は、エドワードの背が痺れるほどに柔らかく、脳髄がとろけるほどに浅ましかった。
「オレは、いや、だった……」
力強く吸い上げられ、腹の奥から陶酔に近い快楽がこみ上げてくる。鬱屈した、どろどろの、あの悦楽が。
「ぁっ、いやだった、のに……!」
圧倒的な男の力に抑えつけられ、初めて女に吸い付かれて、しゃぶられて。嫌だった。心の底から逃げだしたかった。だというのに、思考はいつの間にか甘く蕩け、逃げようと蠢いていた腰はいつしか自ら振っていた。いつのまにか、緩いものになっていたマスタングの拘束。それすらにも気がつかず、興奮していた。無意識のうちに栗色の髪に添えていた手に力を入れ、押さえつけながら、見ず知らずの女の口内を貪っていた。初めての快感に夢中になり、目の前で淫猥にくねる豊満な身体を視界にいれながら、柔らかく蠢く淫らな口の中で、初めての性の悦びを弾けさせた。
──いやだ、いやだ。思い出したくない。股の間で蠢く黒髪をわし掴み、膝を折る。縋る様にしがみつく。
「人前でだ、抱かれ、て……いやだったのにッ」
ひっきりなしに響く淫猥な水音に臀部が引き締まり、かくかくと膝が笑いだす。自然と腰が動く。自身の切っ先が、何か硬いものに当たった。この感覚には覚えがある、喉奥だ。あの白い部屋でも、夢中になって突いた。マスタングが苦し気に唸った。濡れれそぼった茎に、容赦なく絡みついてくる喉の狭い窄まりに臀部が痙攣し、視界が霞んでいく。
『ありがとう、下がっていい』
くつくつと、マスタングは喉を鳴らしていた。技巧を尽くされあっという間に陥落し、無我夢中で腰を穿っていたエドワードの痴態を嘲り、悦びを隠し切れない様子だった。
『やるじゃないか。これで君も立派な男だ』
後ろに突き刺さったマスタングの異物への痛みを思い出したのは、エドワードの出したものを飲み込んだ女性が一仕事終えたとばかりに、傍を離れてからだ。
『どうだ、気持ちよかっただろう? 彼女の口は。ここでは随一なんだ』
途方もない初めての射精感に茫然としているエドワードの頭を、マスタングはよくできたねと優しく撫でて。
『では、次は』
私を気持ちよくしてくれと、再びエドワードを組み敷いた。
ぽたり、と水滴が落ちる。ぽたり、ぽたりと、エドワードの雫が、漆黒の夜のような髪に吸い付き、濡れる。
「う……ぅ、ぅう」
一度溢れてしまえば、止まらなかった。雫がどんどん溢れて、静かだったエドワードの水面がざわめきだす。見えない背後に存在する圧倒的な闇が、手ぐすねを引いてエドワードを待っている。冷たい水の中に叩きつけられ、背面から引きずり込まれていく恐怖におびえる。
「う、ぁ、……っう……」
汚かった、自分自身が。マスタングに触れられることすら嫌なのに、絶頂を目指してマスタングの口内を犯している自分が。あの時女の頭を強く押さえつけ、生温かい口内を味わうために好き勝手に腰を振った自分が。無理やりだった。エドワードの意志ではなかった。けれどもエドワードはあの時確かに、見ず知らずの女性を、自分の肉欲を満たすために使った。もののように扱った。それは、金で女を買ったことと同義だ。エドワードに等価交換を強いるマスタングとどこが違う。どこも違わない。同じだ。
「ふ、ぁあ、ん、あっ、熱、い、ぁつい」
マスタングの頭を押さえつけ腰を小刻みに揺らすたび、内壁に擦れる感覚がさらなる快楽を呼んだ。強い刺激がもっと欲しくなって腰を何度も回し擦り付けてしまう。苦しそうなマスタングのえづきと共にどんどん高まっていく吐精への熱は、エドワードをどこまでも絶望させた。
「汚い、……ん、ふ、きたな、ぃい……はぁ、やだ、ぃやだァ……」
あの娼館での出来事は、エドワードにとって悪夢そのものだった。あれ以来故郷に帰っても、もう幼馴染の顔をまともに見ることができなくなっていた。
「あんな、はっ……最低なことを、アンタは、ぁ」
男としての性を引きずり出され、男としての尊厳を奪われたあの日を切っ掛けに始まった、抱かれ、喘がされ、弄ばれ、食らいつくされた日々。マスタングに犯されるたび、吐き出されるたび、この身の内には汚物のような醜さが溜まっていった。
吐き出さなければ、狂ってしまいそうになるほどに。
「ぜんぶ愛だったって、そう、い……ぁ、あ」
全てをかっさらうような快楽に、頭が真っ白になる。透明な糸が零れる割れ目を、延々と弄ってきた真っ赤な唇がフラッシュバックする。
「あ……っ、ふ、ぅあ、あッ────!」
引きずり込まれるように、吐精した。
仰け反った水の底から光が見えた。
月の道が、どこまでも伸びていた。
口から溢れた空気の泡が、水面を歪ませる。
けれどもどんなに水面を揺らしても、冴えわたる月は微動だにせずそこに居た。
長い射精だった。マスタングは乱暴に股間を押し付けてられても拒むことなく、エドワードの成すがままになっていた。それどころか最後の一滴まで搾り取り、喉を鳴らして飲み込んだ。エドワードが吐き出し終えるまで、ずっと。
ついに立てなくなり、荒い呼吸を落ち着かせながらずるずると壁伝いにしゃがみ込む。手のひらが、ひやりと冷たい床に落ちた。嵐のような時間が、終わった。
擦られ過ぎて真っ赤に腫れ上がった大人の唇に、白い体液がこびり付いているのが視界に入ってたまらず両手で顔を覆う。指の隙間から、散々吐き出して硬さを失った自身のひしゃげた性器がだらりと床に垂れているのが見えた。すんと鼻を鳴らせば、金属臭が鼻腔いっぱいに広がって余計に惨めになった。まだ、この硬い右腕さえ戻せていないのに。こんなことで立ち止まってる暇なんてないのに。マスタングに憎悪を吐き捨てても、今のエドワードに残ったのは酷い脱力感と虚しさだけだった。
「やめて、くれ……」
子どものような嗚咽が止まらない。しゃくりあげる。胸が張り裂けてしまいそうだった。
「やめてくれ、もう……もう」
脳裏に描いていたはずの弟の姿すら、かき消されてしまった。
「オレを、かえしてくれ……」
こんな弱い自分、自分じゃない。必死に自身に架していた虚勢さえも、マスタングの一言のせいで霧散してしまった。
「オレを戻して……戻して、くれよ……」
三年前のあの日に戻って、エドワードを苛む手を止めてほしい。そして、言ってほしい。
二度と聞きたくないとエドワードが願ったその台詞を。『君が好きな、ただの男だ』と。そうしてくれれば、オレは。
かしゃんと、金属音が響く。マスタングが、エドワードの左足に触れていた。砂や泥に塗れた汚らしい靴を、まるで壊れ物を扱うかのように掬い取るその両手は、繊細で、儚げだ。
ゆっくりと、ブーツの締め付けが剥がされていく。無言で、固い皮靴に噛みついた口を眺める。ずるりとブーツがエドワードの足から引き抜かれた。露わになった機械鎧の足裏を、柔らかな舌が丹念になぞり始める。機械の脚では感覚は掴めない。けれども、ぞわぞわと得体のしれないものが背筋を這いあがってくる気がした。
マスタングの唇が、砂や泥が挟まっているであろう鈍色の足指に口づけられた。一本一本、順々に。そして足の甲に、吸い付かれる。生身の足であれば痕が付いていたかもしれないほど、強く。
マスタングの額から垂れた汗が、ぽたぽたと機械の脚に落ちた。それはまるで、マスタングの想いの雫のようで。
「……好きだ」
エドワードを貫く、棘となる。
「はは……」
失笑が零れる。マスタングのズボンが、不自然に膨らんでいるのが見えたからだ。
「起ってんじゃ、ねえかよ」
お前では起たん。そんなことを言っていたくせに。こんな状況で、エドワードのものをしゃぶっただけでそんなになるなんて。マスタングは反応してしまった自身を恥じているのか、エドワードの足に縋りついてきた。叱られた子どものように。
「無様だよ、アンタ」
かつてあれだけ大きく、圧倒的な存在感を放っていた大人が今はこんなにも小さい。いや、きっと初めから小さかったのかもしれない。悪魔などではなく、エドワードと同じ人間だった。エドワードがそれに気づく余裕がなかっただけで。
「今更……もう未来なんて、ねえんだよ」
何をやっているのだろうか、男二人で。こんな狭い部屋の隅っこで。下半身丸出しの子どもに、いい大人が縋り付いて。
小さく震え始めた肩に、この変態野郎と罵ることは憚られた。嘲笑うにしてはタチが悪すぎた。頭を押さえつけられて性器を突っ込まれ好き勝手されても素直に悦ぶ身体だ。好きでもない人間相手に、こんな風になったりはしない。恋を知らないエドワードでもこれだけはわかった。マスタングはエドワードに本気だった。本気でエドワードを求めていた。
「後悔は、していない。していないん、だ……」
みっともなく震えるか細い声はとぎれとぎれで、濡れていた。顔を上げたマスタングの頬も。
もう、日が暮れる。鬱蒼と茂る森に、帰り方など忘れてしまった。
眩しいほどの赤い夕日が、白い室内をオレンジ色に染め上げていく。
逆光は淡い。ここからだと、マスタングの顔がよく見えた。
輝く湖へ、雫は落ちてしまった。波紋は広がり、砂上の楼閣は崩れ去った。静寂を打ち消す嗚咽が、広い水面に響き続けている。
それでも月は陰らない。透明な水面に走った月の導は、静かに水面を照らしている。
切なくなるほどの美しさがそこには在った。無情だった。
きっともうすぐで、月が輝く夜が、来る。
MÅNGATEの森で
****
(MÅNGATE*モーンガータ)
水面に映った道のように見える月明かり。
宵闇の中、水面に走った光の導。
切なくなるほど、とても綺麗。