

520
「二人だけで、お祝いをしようか」
「毎年そうじゃん」
5月20日に挙式を上げ、数年がたった。例年のようにケーキやワインを奮発しようと、キッチンに向かおうとする、夫であり妻である恋人の手を握る。 見上げてくる顔は、共にいた年月を表すかのように無防備で、これからどんな風に染まるのかが楽しみだった。
「今年は、少し趣向を変えよう」
「趣向だあ?」
謝し気に寄せられた眉根にキスを落とし、少しは広くなった肩をエスコートする。連れてきた先は、寝室。なんの疑問も抱かずついてきた青年は、まだまだ甘い。
「は?」
顔にキスの雨を降らせながら、半ば強引に押し倒す。
「ちょっ、昼なんだけど」
「昼だね」
「晩飯の、用意!今日は、」
「今年は趣向を変えたいと、言っただろう?」
「なに、企んでんだおっさん」
「朝食も、昼食も沢山食べたし」
此方を睨みつける瞳は、昔から変わらず鮮烈で。その瞳が蜜色に蕩けた時の幸福は、何ものにも代えがたい麻薬であることを、私は知っている。
「明日の朝まで、ここで君とセックスしたい」
直接的な物言いに、未だに頬を赤らめる可愛い君に食欲をそそられる。年一の贅の限りを尽くして祝うのであれば、これがいい。
「はあ?」
「もちろん、トイレの時などはベッドから降りてもいいが」
するりと服の下に手を這わす。安定してきた気温のおかげか、その肌は少し湿っていた。
「それ以外は、ずっとここで君の肌を感じていたい」
ほどよく引き締まった腹部は、見慣れたものだというのに艶めかしく映って。
「ダメかい?」
確認を取っていながらも、無下にされることがないように体を抑え込み、いやらしく突き出た喉仏を舐める。こうすれば、愛しの彼の身体から力が抜けることを十二分に知っていた。
「こら!とっ歳考えろよ!……あ」
「失礼な、昨日だって私に泣かされたくせに。まだまだ現役だよ、だからほら」
ぐっと、いつも以上に興奮した昂りを押し付ければ、彼は頬の赤みを濃くした。昨晩もこれで散々虐められたことを、思い出したのだろうか。
「可愛がりたいし、可愛がってほしいんだ」
「まっ、おし、つけんなって!昼間っからアンタは~~」
腕から逃れようと身を捩る青年に、笑みを落とす。逃がす気はない。
「──エディ」
1年目に、記念にと送ったネックレスを身に着けてくれている愛くるしい青年のそれに指を差し込み、ぐいっと引きあげる。 ぴんと張った銀色のチェーンが、彼と私の距離を近くした。
「あっ」
千切れないぐらいの、ささやかな力で。しかしそれは絶大な威力を発揮した。私にとっても、彼にとっても。
「抱かせろ」
至近距離で、獲物を狩るように舌なめずりをする。びくりと跳ねた青年の候が、ごくりと高鳴るのを見逃しはしなかった。 銀色のチェーンに通されていた偽物のコインが、チャラっと軽やかな音を立てて彼の首の後ろまで流れていく。 あの時、君が私にコインをくれなかったおかげで、一生分の恋を代わりに奪われてしまった。
「舐めて、齧って…… 突いて、満たしてあげるから。ここを通って、ね」
臀部の割れ目と、金色の茂みが隠されているズボン、捲りあげた布の下にある下腹部を、胸部に向かって指でゆっくりと撫ぜる。いつも通る場所。
「奥の奥、そうだな 心臓まで、届くくらいに」
けれども、いつもよりももっと深い位置。意図を持って腹を撫でれば、目を見開いた彼がぼんと頬を瑞々しく弾けさせ、ぎゅうっと唇を引き結んだ。
「……ズルい」
チェーンから指を引き抜き、首を解放してやる。僅かに震える声は怯えではなく、興奮だろう。昨夜も散々味わった中は、今でも熱い杭を求めて脈打っているに違いない。
「ズルいだろそれ。無能のくせに、こんな時だけ」
「ズルいのは君だろう、こんなもの身に着けたまま朝起こしにくるのが悪い」
随分と慣れた結婚生活。ズボラな彼が、朝に服も身に着けぬまま歩きまわるのはよくあることだ。だが、惜しみなく曝け出した裸体に、光るネックレスは目に毒すぎた。
朝日よりも眩しいそれに、目覚めた時の衝撃と言ったらない。 お祝いだからなと照れたような微笑みに、他意がなかったことも一つの要因だった。
「昼まで我慢したんだ、褒めてくれ」
本当はその場でベッドに引きずりこみたかったけど、と鼻頭をちろりと舐めれば、エドワードはついに観念した。力を抜いた肢体が、ベッドに沈むのを支える。 しかし、キスをしようと寄せた顔は手のひらで拒まれた。
「……エドワード」
「すんなら、アンタもつけろ。それならいいぜ」
「ネックレススをかい?」
2年目に、エドワードから貰ったのはネックレスだった。金色のチェーンで、ロイが、彼に送ったのと同じような。
「違う」
否定の言葉は、意思も強くはっきりとしていた。
「違う?」
「あれ首輪」
するりと赤い唇から出てきた予想外の答えに、まじまじと青年を見下ろす。眩いばかりの金色は、頬を赤らめながらもロイをしっかりと見上げていた。
「……オレは、あれを首輪だと思ってるから」
角ばった彼の指先が、彼の肌に張り付いたチェーンへと伸びる。
「首輪つけて、しよロイ」
自身の首に下げた銀色を愛おし気に指で撫ぜながら、挑むように爛々と光る瞳は恍惚に濡れていた。好きな表情だ。たまらないとはこのことだろう。
「……君って子は」
軍の狗をやめた彼が、次の主人に選んだのは私。そして、首輪をかけたつもりでいて、かけられていたのも、私。
私の意図を正確に理解していた彼は、まったく同じ、いやそれ以上の気持ちを返してくれていた。それに気が付いたのが数年たった今だなんて、まだまだ私も甘い。
互いの鎖は、互いが握っている。
ため息が零れた。
「まったく、叶わないな、鋼のには」
まるであの頃の少年のように、無邪気な笑みを浮かべた青年と拘らしく交わるべく、私は傍にあった引き出しの扉に手を伸ばした。
汗を垂らし、延を垂らし、無我夢中でお互いを求められるように。
カーテンの隙間から差し込む光に、お互いのチェーンがキラリと濡れた。
3つの数字は、お互いがお互いの、狗である証。